オキクの復讐

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 泰佑は意気消沈してまた自分のグラスに視線をもどした。テレサは考えた。泰佑は本当に今の希久美と菊江が同一人物であることがわかっていない。しかし、なんで今更菊江を探しているのだろう。謝罪するつもりかしら。謝罪したくらいで、希久美の怒りが収まるはずがない。テレサは泰佑の長いまつげの横顔を見つめた。ああ、こんなセクシーな男が希久美にインポテンツにされてしまうのは本当に惜しい気がする。希久美には申し訳ないが、もしかしたらその前に一口だけ味わうと言うのもありかもしれない…。テレサの罪のない非常識が暴走し始めた。  その時泰佑の携帯が鳴った。失礼と言って席をはずす泰佑。テレサは、大切にしていた『やりたくなる薬』をハンドバックから取り出すと、泰佑のグラスに混ぜ込んだ。希久美とちがって罪悪感が無い分、その動きはあまりにも自然で、今回はバーテンの目を引くことができなかった。やがて、なにも知らず席にもどる泰佑。 「すみません。会社で待つ同僚からの電話でした。申し訳ありませんがそろそろで失礼します。」 「わかりました。無理に引き止めませんよ。」  テレサが、あやしく笑いながらグラスを差し出す。 「最後にグラスをぐっと空けちゃってください。」  泰佑の胸の嫌な予感が強まった。しかし、会社で待つ希久美の文句を聞くのもつらい。はやく店を出ようと、残ったカクテルを一気に飲みほした。わずかながら異物の味がしたが、気にしなかった。 「それでは…。」 「ちょっと待って、タイアップで言い忘れたことがあった。」 「えっ?」 「財団への取材の日程なんだけど…。」 「そんなこと、今ここで詰めなくても…。」  テレサは、時間を計りながら、どうでもいいことをグチグチと言い始める。5分を経過したことを確認して、いらつく泰佑にテレサが仕掛けていった。 「私の目を見て、何か感じる?」 「突然、なんですか?」 「だから、私の目を見て何か感じる?」 「いいえ、別に…。」  しばらくの間をとってから、またテレサが泰佑に問いかける。 「わたしの唇を見て、何か感じる?」 「いいえ、別に…。」  そんなやりとりの繰り返しに、いよいよテレサも焦れて、最後の仕掛けを放つ。自らのブラウスの上のボタンを外すと、首元を大きくはだけて言った。 「私の鎖骨を見て、何か感じる?」  泰佑はしばらくテレサの鎖骨を見ていたが、何の変化もなく平然としている。
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