オキクの復讐

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 希久美はそのまま泰佑とタクシーに乗り込むと、彼の家へ向かった。泰佑は、小さくうなされていて苦しそうだ。仕方がないので、希久美は後部座席で泰佑の頭を抱きながら、膝枕で寝かせた。途中、泰佑の放つ異臭にドライバーが露骨に嫌な顔をするので、髪が乱れて嫌だったが、窓を開けた。外からの風が泰佑の前髪とまつ毛を揺らす。考えてみれば、苦しそうであっても、泰佑の寝顔を見るのは初めてのことだ。しっかりと線の通った眉毛と鼻筋。少し伸びたひげでざらつく頬とあご。あらためてじっくり見ると、男の顔って不思議だな。繊細な線と無骨な線が交差して、柔らかい面とざらついた面が重なって、決して綺麗だとは言えないのに、美しいと感じるのはなぜだろう。じっと見つめる希久美の顔に、風に乱された希久美の長い髪がかかる。泰佑がうっすらと目を開けた。 「お前誰だ?」  希久美は、同僚の自分すら認識できない泰佑に呆れて返事をしなかった。 「菊江か?」  え、バレタ?希久美はぎょっとした。突然昔の名前を呼ばれて、慌てて自分の顔を両手で覆った。しばらくじっとしていたが、泰佑の次の言葉が聞こえてこない。指の隙間から泰佑を覗くと、彼は相変わらずうなされながら眠っていた。うわごとか。しかし、なんで泰佑の口から昔の自分の名前が出て来るのだろう。  タクシーが家の前に着いた。泰佑を担いで家の呼び鈴を鳴らすと、見るからに優しそうなおばあさんが玄関を開けた。ふたりを見るなり、開けた口に手をあてながら、歓声をあげた。 「なんてことでしょう。泰佑が女のお友達を家にお連れするなんて…。」 「いや、連れてこられたんじゃなくて、私が泰佑を連れて来たんで…。」 「泰佑の祖母です。どちら様かしら?」 「会社の同僚の青沼と言います。」 「泰佑はいつからお付き合いさせていただいているの?」  苦しむ泰佑に一瞥も与えず、祖母は希久美にばかり質問する。 「とにかく、おばあちゃん。重いですから泰佑をどこに寝かせたらいいか言ってください。」 「あらあら、ごめんなさいね。気がつかなくて…。泰佑の寝室はお二階なんですけど。」  希久美は、苦労して軟体動物同然の泰佑を、二階にかつぎ込む。泰佑の部屋に入ると、ベッドに自分の身体ごと倒れ込んだ。起き上がってベッドに横たわる泰佑を眺めると、汚れた服のままではなんとも惨めな姿だ。
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