オキクの復讐

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 笑いながら手を振って診察室を出るユカと石嶋を見送ると、ナミは小さくため息をついた。所詮、患者と医師の関係では恋愛などできるはずない。医師は医師としての役目を全うするしかないのだ。看護師が次の患者さんを案内していいかどうかナミに聞きにきた。しかし、肩を落として考え込んでいるナミを見て、声を掛けていいかしばらく悩んでいた。  社内ソフトボール大会の土曜日は、まさにスポーツ日和の快晴となった。希久美の会社はとにかく社員数が多い。そのため、社内大会といっても、いくつもの野球グランドを有する大きなスポーツ施設でなければできない、大イベントになってしまう。職場ごとにチームを構成するのだが、それだけでも30を超えるチーム数となる。希久美の居る営業室でも一チーム作ることになり、田島ルームと斉藤ルームの合同メンバーでチームが構成されることになった。こういう行事にはなにかと積極的な田島ルーム長が世話役になった。チームのメンバーを決める際には、希久美は田島ルーム長に限りなく強要に近い推薦をして、泰佑をキャッチャーにさせた。また、社内大会のルールとして、チームの中には3名以上の女性を入れなければならず、ピッチャーは必ず女性でなければならない。希久美も見物ですまない社内行事なのだ。  朝グランドに集合して、営業室長の激励の挨拶を受けたあと、各自で準備体操とキャッチボールを始める。 「おいオキク、こっちこいよ。」  泰佑がジャージ姿でウロウロしている希久美に声を掛けた。 「怪我しないように、アップのやり方を教えてやるよ。」  泰佑の家へ寄った日以来、泰佑と希久美の距離が急激に近くなった。仕事以外のことでも泰佑から希久美へ話しかける機会が増えたし、泰佑と話す希久美との身体の距離も、密着とはいえないまでもかなり近いものとなっていたのだ。泰佑の手を借りて屈伸や伸身をする希久美。高校時代に泰佑の追っかけをしていた時、野球部活で見たなじみの準備体操だった。しかし泰佑のアップの指導は準備体操にとどまらない。足の交差走、ハイジャンプスキップなどまさに高校の野球部と同メニューのアップを希久美に強いた。挙句の果てにとどめの10メーターダッシュときては、さすがの希久美もたまらない。 「泰佑。なんでここまでやらなきゃならないのよ…。始まる前にすでに終わっちゃうわ。」  膝に手をついてぜ―ぜー言いながら文句を言う希久美。
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