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「黙れ、この苦しみは、女のお前にはわからない…。」
「泰佑が悪いんでしょ、いきなり抱きついたりするから…。」
泰佑が目の上の腕をほどいて半身を起こし希久美を睨みつけた。希久美が泰佑からの攻撃に備えて身構えるも、やがて彼も何かを言うのをあきらめたように、またもとの姿勢に戻る。希久美は、攻撃がないので身体をリラックスさせ、遠くでおこなわれているソフトボールの試合を眺めた。
「でも、野球って今まで見るばっかりだったけど、やっぱりやった方が面白いわね。」
「今日やったのはソフトボールだって、わかって言ってるよな。」
「でもさ、球を自分の思うところに投げられるようになったら、もっと面白いと思うわ。」
希久美は、手にボールを持って握りを確かめた。
「その方が、泰佑もリードしがいがあるでしょ。」
泰佑が腕の隙間から希久美を盗み見する。
「わかってないな。リードは、ピッチャーに球を投げる場所と球種を指示することじゃない。」
「どういうこと?」
「所詮、結果を考えて投げる球では、打者を抑えることなんてできない。活きた球じゃなきゃ打者を抑えられないんだよ。」
泰佑は肘を立てて半身を起こした。
「活きた球は、ピッチャーが先を考えず、今のこの一球を楽しんで投げることにより生まれる。それを作り出すことがリードなんだ。」
「誰の受け売り?」
「うるさいなぁ。俺の哲学だよ。」
泰佑が寝返りを打って、反対の方向を向いてしまった。
「すねないで、続けて。もう茶化さないから。」
泰佑はそのままそっぽを向きながら話し始めた。
「キャッチャーにとって、活きた球を受けることは快感だ。今まで多くのピッチャーの球を受けてきたが、自分を感じさせてくれる投手はそう多くない。高校時代にひとりいたくらいかな…。」
希久美の目に、高校の野球グランドの片隅で投球練習に励むバッテリーの姿が思い浮かんだ。
「でも…今日は試合には負けたけど、久しぶりに感じる球を受けられた気がするよ。」
希久美は芝生に横たわる彼の背中をしばらくの間見つめた。
「ねえ、それわたしのこと?」
泰佑は答えない。投手として彼に接してみてつくづく思う。もし自分が男に生まれていたのなら、きっと泰佑とは無二の親友になれていただろう。
「柄にもないこと言いやがって…。顔を隠しているのは、痛いからじゃなくて恥ずかしいからじゃないの、泰佑。」
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