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ニヤニヤしながら泰佑の顔を覗きこむ希久美。ばつが悪くなった泰佑が急に立ち上がる。
「いこうぜ。オキク。」
バッグを担いで、泰佑を追いかける希久美。
「タクシー乗り場までいかなくちゃ。」
「時間も金ももったいない。ほら。」
泰佑がヘルメットを希久美に投げわたす。
「えーっ。怖いよ。」
「黙って乗れ。」
泰佑は嫌がる希久美を無理やりバイクの後部シートにまたがせると、エンジンのセルボタンを押した。ヤマハFZ1の重厚なエンジン音が響くと、滑るように走り出す。コーナリングをいつもより少し倒し気味にした走行に、希久美がキャーキャー叫びまくる。
「うるさいなぁ。バイクは倒さなければ曲がらないんだよ!」
泰佑の意地悪なライディングに、希久美は考え付くあらゆる悪態をつきながら、必死に泰佑の身体にしがみついた。希久美は泰佑の広い背中に密着しながら、渋谷で会ったあの日以来久しぶりに、泰佑の『男』を感じていた。今日ほど、泰佑と触れあった一日はなかった。
希久美は昨日の投球で、朝起きたときから体中の筋肉が痛い。加えて、試合後の打上げで泰佑や職場の仲間と騒ぎまくって、飲みまくって、頭の中も胃の中もガンガンしている。半日かけて外出の準備し、ようやく石嶋との約束の場所へたどり着いた。時間には遅れたが5分程度だ。今日は石嶋の希望で上野公園での待ち合わせだった。デートコースとしては、あまりにもありきたりな指定だが、そのありきたりさがかえって新鮮かもしれないと希久美は自分に言い聞かせていた。
希久美が長身の石嶋の姿を認めた時、石嶋も彼女を見つけて笑って手を振った。今日の石嶋の姿に、希久美はいつもと違う感じを受けた。よく見ると、手を振っている反対の手に、女の子がぶら下がっていたのだ。
「すみません。ご迷惑とは思ったんですが、今日はおまけ付きで来てしまいました。ユカと言います。」
ユカが可愛らしくお辞儀をして、希久美に挨拶した。事態が飲み込めぬ希久美に石嶋が言った。
「今日は、とりあえず動物園でも行きませんか?歩きながら事情を説明させてください。」
ユカと石嶋、そして希久美は連れだって上野動物園へ向かった。道すがら、石嶋がユカと自分の事情について、希久美に慎重にそして正直に説明した。
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