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「ユカと自分がこの後どうなって行くかはまだわかりません。しかし、今の自分の事情を正直に青沼さんにお伝えしておく方が、正しいと思いまして…。自分の都合ばかり申し上げましたが、気分を害されましたでしょうか。」
心配そうに希久美の顔を覗く石嶋。突然の話しに希久美も驚いたが、話しを聞いているうちに、石嶋の誠実さが伝わってくる。
「今日ユカをご紹介させていただいたのは、ユカのためもありますが、もしご負担でなければ、青沼さんと将来の話しも出来るようになりたいと願っているからです。」
希久美は石嶋の顔を見上げた。その真剣なまなざしには一点の曇りもなく、泰佑のガサツさとは違った繊細な心がうかがい知れる。『トキメキがどうだとか言うことより、この後一生付き合える相性の方が大切じゃないのか。』義父の言葉が希久美の頭をよぎる。もし石嶋と生活するようなことがあったら、決して喧嘩なんかしないんだろうな。そんなことを漠然と思っていると、ユカがキリンを見に行こうと希久美の手を引いた。希久美も明るく純朴なユカが嫌ではない。気の許せる人と将来を考え整理立てて計画を練る。それは自分の性にあっているし、魅力的なことでもあった。
その時、希久美の胸に突然、『しかしその前に、今自分がやるべきことがある。』という想いが飛来した。やるべきことをやり遂げた後でなければ、将来なんて考えられない。それなのに、昨日の自分は本分を忘れ、泰佑との野球を心の底から楽しんでしまっていた。ユカと石嶋とキリンを指差しながら談笑する希久美ではあったが、心の中では言いようもない自己嫌悪に苦しめられていた。
「オキクじゃない?」
上野 精養軒 カフェラン ランドーレのテラス席で遅めの昼食を取っていた希久美たちに声をかけながら近づいてきた女性がいた。
「あら、テレサ。今日はどうしたの?」
「取材の打合せでさ…。」
話しているテレサにユカが抱きついて行った。
「これはこれは、意外なところで会うわね。」
親しそうにしているテレサとユカに、希久美と石嶋が驚く。
「あなたユカちゃんと顔見知りなの?」
「いえべつに…。」
テレサは、ユカとの出会いは希久美の宿敵の泰佑が絡んでいるので、目の前に居る男性にも警戒して真実は伏せた。
「ところで、そちらの美男子はどなたさま?」
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