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閉幕式後の打上げでは、記念事業の大成功に満足した得意先が拍手を持って希久美を迎え入れた。希久美はクライアントと握手しながらも、成功は自分だけの力でないことは十分理解していた。現場のスタッフ達と、そしてなにより日陰の部分で希久美を支えて業務を遂行した泰佑がいたからこその成功なのである。希久美は、クライアントへのひと通りの挨拶を終えると、グラスを持って泰佑に近寄って行った。泰佑は、連日の激務で少し目の下の肉が落ちたようだ。疲れた様子だが、近づいてくる希久美を認めると笑顔で迎え入れた。
「希久美。成功おめでとう。」
希久美が泰佑に握手を求めた。
「泰佑。本当にありがとう。ここまでこれたのもあなたのおかげよ。」
「なに殊勝なこと言ってんだ。いつもみたいに、あたしの仕切りに間違いはないと叫んでいいんだぜ。」
「いいえ、今夜それを言ったら品が無いでしょう。」
ふたりはグラスを合わせて笑いあった。
「泰佑も戻ったら、次のプロジェクトが待っているんでしょ。」
「ああ、今度はJOCの業務らしい。」
「オフィスも変わるみたいね。」
「そうらしいね。」
「寂しくなるわ。」
泰佑はグラスを見つめてなにも答えなかかった。
「ねえ泰佑。帰ったら一日だけ私につきあってくれない。」
希久美からの意外な申し出に、泰佑は身体を硬直させた。
「まさか、最後にとどめを刺すつもりか…。」
「嫌ねぇ。そんなことしないわよ。純粋にお礼よ。」
泰佑が返事を戸惑っていると、希久美がクライアントにまた呼ばれた。
「いい、これはプロジェクトリーダーの最後の命令よ。」
そう言い残して、立ち去る希久美の心境は複雑だった。プロジェクトと自分に尽くしてくれた泰佑には心からお礼を言いたい。しかし、いかに仕事のパートナーとして完璧であったとしても、私生活にもどればこんな悪党はいないのだ。公のプロジェクトが終わった以上、私のプロジェクトを完遂させなければならない。『公私は別よ。』希久美は何度も自分の胸に言い聞かせていた。
「ほら、約束のコーチのバックよ。」
ワインバーで待ち合わせナミにテレサがバッグを差し出した。
「ああ、ありがとう…。」
「なんか嬉しそうじゃないわね。いらなかった?」
「ごめん、そうじゃないの。実は今日呼び出したのは、なんかみんなと飲みたくてさ。」
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