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「あら鉄の女ナミにしては珍しいわね。いいわ、残念ながらオキクは出張でいないけど、私が徹底的につきあってあげる。」
グラスを差し上げて乾杯するも、いつもよりハイペースなナミの飲みっぷりにテレサも多少心配になってきた。
「ちょっとペース速すぎない。それじゃ身が持たないわよ。」
「いいの、今夜は飲みたいの。」
ナミの呂律も妖しくなってきた。
「あたし、なんで先生なんてよばれる仕事についちゃったんだろう。」
ナミはグラスのワインをぐっと飲み干した。
「ねえ、知ってる?みんな先生って呼んでるけど、意味的には自分達と違う世界の人って意味で使ってるのよ。先生と呼ばれる人間は、正しくなければならず、ミスがあってはならず、常に冷静でなければならず。つまりおよそ人間らしいことが許されない存在なのよ。」
空いたグラスにワインを注ごうとするが、手元も危なくなってきたナミは、ほとんどテーブルにこぼしてしまう。たまらずテレサがボトルを奪う。
「はいはい。私が注いであげますから…。」
「あら、優しいわね…。」
ナミはさらにショットを重ねる。
「先生なんて呼ばれてる女に、恋は許されないのよ!」
「おっと、今日の荒れ模様の原因はそこなの?」
「なによ、あたしだって女ですもの、男を好きになるわ。だめなの?」
「いいえ、嬉しいのよ。ナミがようやく女らしくなったから…。」
「でしょ。30近くにもなって処女だけど、あたしもれっきとした女なの。」
「あれ、研修医時代に研修先の医師とやったって言ってたじゃない。」
「嘘よ、嘘に決まってるじゃない。」
「ここでカミングアウトかよ。」
「オキクには言いにくいけど、私はオキクがうらやましくてしょうがないのよ。」
「なんで?」
「だって少なくとも死ぬほど好きな男とやれたんでしょ。私だって…私だって…捨てられてもいいから、一度は好きになった男とやってみたいわよ。」
「ちょっと、声大きいって…。」
「夢でもいいから、妻と呼ばれたいわ…。沢山の患者さんに尽くすのではなくて、たった一人の男にも尽くしたいのよ!」
「私はごめんだわ。」
「なによ。ケンカ売るなら買ってやるわよ。文句ある。」
「いえそんな…ところでさ、ナミを目覚ませた男って何者?」
ナミは答えようとしない。
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