オキクの復讐

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 希久美が勤める会社は、広告代理店として単体では世界で最大の売り上げ規模で、連結売上高は2兆円を超える。単体の売上高でいっても、国内2位の代理店の約2倍、3位の代理店の約4倍と、名実ともに日本最大の広告代理店であり、「広告界のガリバー」の異名を持つ。その圧倒的なシェアゆえ、市場の寡占化が問題視され、公正取引委員会によって調査がなされたほどだ。従業員数はグループで1万7千名を超え、単独でも6千3百名を超える。  シオサイトに置かれている東京本社ビルは、ビルで働く約6千人の社員がウォーターフロントを眺められるよう、南側を曲面としたブーメラン状の断面を持つ斬新なデザインとなっている。外壁に面するエレベーターは、平均待ち時間を30秒程度に収めるため、1階のエントランスホール、6階・14階・25階・36階・44階に停止する高速シャトルエレベーターと、中速運転のローカルエレベーターを組み合わせた、デュアルエレベータシステムが採用されている。建設当時は世界最高速であったが、あまりの速度に役員が恐怖を感じたため、運転速度が落とされたという逸話まである。そんな最新の施設でも、傷はかならずあるものだ。本社ビルのタクシープールは、設計したフランス人建築家の不勉強のために、右側通行用に設計、建設されてしまった。そのため、ビル前の道路で乗り降りする社員が多く、周囲を通行するドライバーから顰蹙を買っている。設計した当の本人は施主側との意見の対立により、本来の制作意図が叶えられなかったことを理由に、自身の作品として公表されることを望んでいないと言われている。  そんなビルに勤務する希久美であるが、仕事は気に入っていた。実際、宣伝担当取締役のお義父さんのコネで、この大会社に入社したわけだが、『大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。』などと謳われた「鬼十則」を規範とした大勢の社員の中でもまれて、なんとか一人前の営業としての地位を確立していた。今では、パブリック担当営業として、自治体や公共団体をクライアントとして立派に売り上げを積み上げている。 「みんな、忙しいところすまないが、少しこちらに注目してくれるか。」  営業室長が、部下に声をかけた。営業室はふたつのルームにわかれている。明日の打合せに備えて、デスクのPCで予算をチェックしていた希久美は、モニターから顔を上げた。
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