オキクの復讐

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「そうか…。別にプライベートなことを聞くつもりはないんだが、この先ずっとそのお子さんと一緒に暮らすつもりかい?」 「一応、いい里親を探しておりますが、まだ見つかっておりません。」  青沼は、石嶋の答えを聞くと、しばらく無言でいたが、やがて弁当に視線を落として話し始めた。 「私はね、この弁当を作ってくれた女性との結婚を考えた時、彼女に子供が、つまり希久美のことなんだが、居ることにとても悩んでね。父親になれるのかとか、娘に受け入れてもらえるのかとかね。」  石嶋はだんだんビーフシチューの味がわからなくなってきた。 「暮らし始めてからも苦労が多かった。希久美はもちろんとてもいい子だ。だからこの苦労は、希久美に苦労させられたというわけではなく、親として未熟な自分への失望感なんだな。実際、親になる準備ができていないのに、ある日いきなり親になれと言うのは酷な話だ。」 「はい。」 「正直なところ、希久美には私のような苦労をさせたくないと言うのが未熟な義父の親心だよ。石嶋君に希久美を紹介したのは、社員として期待できるだけではなく、希久美に平安でしっかりとした家庭を与えられる家庭人としても、期待できると思ったからなんだ。」  石嶋は食欲が無くなりスプーンをテーブルに置いてしまった。 「それに…恥ずかしい話、希久美もいい歳だから、何度も恋愛を繰り返しながら、悠長に相手を探している時間が無い。無駄な恋愛をしている暇が無いんだ。」  石嶋は青沼の言葉を聞きながら、彼が専務になれた理由を垣間見た気がした。石嶋自身、別に希久美が嫌いではない。考え方の共通点も多いし、むしろ好きな部類に入っている。一緒に暮らすなら、彼女のような女性もいいかもしれないと思っている。しかし、あくまでもかもしれないというレベルなのだ。結婚を決意するには、まだ心の準備が出来ていない気がしていた。しかし、青沼の話を聞くと、いつのまにか会社の地位と結婚が紐付けられていて、強要や脅迫ではないがそれと同等な効果で、石嶋へ結婚に向けての実行動を迫る。この巧みな交渉術が、彼を今の地位へ押し上げた秘密なのだろう。 「どうした?ビーフシチューは嫌いか?」 「いいえ…。」  石嶋はスプーンを手にして、シチューを無理やり口に入れた。
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