オキクの復讐

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「夜景の方が綺麗だから…。」  緊張しちゃって可愛い奴だ。そう思いながらも、希久美は泰佑の身体に薬が浸透するのを冷静に待った。確かテレサは、5分くらいから効き始めるって言ってたわよね。相変わらず泰佑は夜景を見ていた。経過する時間を確認して、いよいよ希久美は後ろから泰佑の肩に手をまわした。豊かとはいえないまでも、希久美の柔らかい乳房がバスローブ1枚を隔てて泰佑の首筋に触れた。 「何するんだ。」 「いいから、もっとりラックして…。」  希久美は薬の効果を信じて、後ろから泰佑の首筋にキスをし、耳たぶを軽く噛んだ。泰佑はまったく動かない。 「今は振りをやめて、泰佑と愛し合いたいの。」  泰佑の耳元でそう囁くと希久美は前に回る。泰佑は震えながら目を閉じていた。希久美は、泰佑の両頬を手のひらで支えると、ゆっくりと顔を近づけ、唇にキスをした。意外なことに、そうまったく意外なことに、その時希久美の頭のてっぺんで鐘が鳴った。それも半端な音ではない。あまりの音量に、頭の中が真っ白になった。意識が飛びそうになった。もし今、強く抱きしめられてたら、確実に意識が飛んでいたにちがいない。あの時の記憶が無い理由がわかった。しかし、今回は泰佑は抱きしめてこなかった。ゆっくりと顔を離すと、これも意外なことに、閉じた泰佑の瞳から、涙が流れていた。やがてとまどう希久美の肩に泰佑は優しく手を回すと、窓の方を向かせて座っている自分の膝に抱きあげた。後ろから希久美を抱きしめて、ゆっくりと話し始めたのだ。 「自分が周りの友達とちがうとわかりはじめたのは、中学のころだった。みんなのように、女の子に関心を持つことができなかったんだ。だからと言って男が好きなわけではない。ただ単純に女の子に興味が持てない、いやむしろ嫌いだったんだ。なぜ自分がそうなったのかわからない。でも世の中は男と女しかいないだろ。そのうち、女性に対して性的にも精神的にも興味が持てない自分に悩み始めるようになった。高校生になってもかわらず、悩みを振り払おうと必死に野球の練習をしていたある日、自分が見つめられていることに気づいた。それも今まで感じたことのないような暖かな、そして落ち着いた視線だったんだ」。  石津先輩は私が見ていたのをわかってたんだ。希久美は身体を硬直させて泰佑の言葉を待った。
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