オキクの復讐

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「学園に居る時も、グランドで練習している時も、その視線は自分を柔らかく包み込んだ。とても心地よかったんだ。誰に見守られているんだろうと探して、ようやくその主を突き止めた。でもその主が、今まで興味が持てなかったはずの女の子であることがわかって、正直驚いたよ。そして、高校も卒業しようとしている頃、やっとその女の子と話すことができた。自分はその娘に賭けてみようと思った。」  希久美は、手紙を渡したあの日を思い出した。 「彼女と初めて会って、待ち合わせ場所でいきなり彼女を抱きしめた。彼女もびっくりしたろうな。彼女には悪いけど自分の身体の反応を確かめたかったんだ。驚いたよ。普通の男の子のように、体に力が満ちた。そしてその日、ようやく男になることができた。」  なんだと、ただ自分が男であることを確かめる為だけに、私を抱いたってことなの。怒りがまた湧いてきて、希久美は泰佑の抱擁から逃れようともがいた。しかし、泰佑はその腕を強く絞り、希久美を離さない。 「話はまだ続くんだ。聞いてくれよ。」  泰佑の切実な口調に、希久美もおとなしくなった。 「やっと本当の男になったみたいで、その時は嬉しかった。これで自分も他の仲間と一緒になれた。有頂天になって、その女の子をほったらかしにして大学に行った。でもそれは間違いだったことがすぐわかった。女としての魅力や成熟度が増している女子大生に囲まれているのに、相変わらず性的にも精神的にも興味が持てない。なぜ、あの女子高生には男になれるのに、他の女の人はだめなんだ。不思議で、理由を確かめたくて、慌ててその娘を探した。でもその娘の名前と消息が忽然と消えてしまっていた。探して、探して、それでも探し出すことが出来なかった。」 「それが、寝言で言っていた菊江って娘なの?」 「覚えていたのか…そうなんだ。」 「泰佑さ、その娘に会って自分の事確かめる前にやることがあるんじゃないの!」  自然と希久美の語気が荒くなる。 「そうだな、自分の事ばかり考えてしまって…。彼女も初めての日に取り残されて、そうとう傷ついたに違いない。許されることじゃないが、まず謝罪しなくちゃな。でもつい最近に偶然彼女のクラスメイトに会って、彼女が交通事故で亡くなったことを知った。これで、永遠に謎のまま、そして謝罪も出来ないまま生きるしかないわけだ…。」
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