オキクの復讐

96/128
前へ
/128ページ
次へ
 えっ、あたしがいつ死んだのよ。誰よ、そんなデマ流したやつは…。 「その娘を性的関心だけでなく、精神的に関心があった、つまり好きだったのかどうかは、今考えてもよくわからない。その頃の自分があまりにも幼かったから…。」  このやろう!あたしは本気だったのよ。 「でも今ははっきりと言えるんだ。オキクと出会って、初めて女性に心が動いた。自分は青沼希久美が好きだ。」  泰佑の意外な言葉に希久美がフリーズしてしまった。黙りこくるふたり。後ろから抱きしめる泰佑、抱きしめられる希久美、お互いの息遣いが聞こえてくるようだ。やっと、希久美が口を開いた。 「いつから?」 「たぶん、会社で初めて挨拶した時からだと思う。一目見た瞬間、初めて会ったとは思えない気がした。身体中に電気が走った。」  そんな様子は見せなかったのに…。希久美は音をたてないように唾を飲み込んだ。 「オキクとずっと一緒に居たい。今も心が狂おしいほどオキクを求めている。なのに、相変わらず体が反応しないんだ。つまりそれは、いくらオキクを愛していても、オキクに恋人や妻や母になる女の幸せを与えてあげることができないということなのさ。それが…それが本当に悔しくて仕方がない。生きている意味がないとさえ思えるよ。」  泰佑は、希久美を軽々と抱き上げて、ベッドに寝かせ希久美の髪に触れた。 「今日は振りでも本当に嬉しかった。たった1日だったけどオキクと恋人になれた。しかも、今日は人生で初めて涙を流した記念すべき日になったものね。まあ、初めて会ったその日からオキクにいじめられ続けて、いつか泣かされるんじゃないかと予想はしていたけどね。ありがとう。」  泰佑はそう言い残すと静かに部屋を出て行った。 『なに?なに?なに?なんなのこの展開?どういうこと?だからなんなの?』  ベッドに取り残された希久美の頭が混乱する。今日は夜明けからいろいろなことがあり過ぎた。ほほに涙が跡をつけたまま泰佑が去った後、希久美は嬉しくもないし、悲しくもない。なにも感じられない。もう何ひとつ考えることができない。希久美はベッドの毛布を被り、とにかく寝ることにした。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加