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希久美は、あの時アルバムで見た泰佑のあどけない笑顔を思い出していた。黙ってしまった希久美に構わず、テレサが今度はお刺身をつつきながら話を突っ込んでいく。
「でも、なんでオキクとだけ出来たの?」
「そうね、不思議ね。私にも謎だわ。」
さじを投げたナミに、希久美が遠い目つきでエピソードを加えた。
「確か、菊江が死んでしまった今では永遠の謎だと本人も言っていたわ…。」
「でも、菊江が死んだなんて誰が言ったのかしら?」
「それ、私よ。」
希久美とナミが驚いてテレサを見た。テレサが伏し目がちに、泰佑と会った日のいきさつをポツポツと説明する。テレサのカミングアウトを聞きながら、希久美もナミも開いた口がふさがらなかった。
「なんで死んだなんて言ったの?」
希久美の問いに、テレサが口をとがらせて答えた。
「だってあんまりしつこく聞かれるもんだから、つい…。」
「しかしテレサも怖い女ね。オキクの獲物を横取りしようとしたの?」
「いい男でもったいなかったから…。インポテンツになる前にひと口だけならいいかと…。」
「あの、泰佑がゲロゲロになった夜ね。思い出した。泰佑に薬盛ったのテレサだったのか。」
「でも、それで石津先輩の家に行けたんだから、結果オーライじゃない、ね。許して。」
「許してじゃないわよ。あんた、ヒロパパに薬盛ったらただじゃ済まないからね。」
「誰?ヒロパパって。」
「ナミの片想いの相手よ。これもいい男なんだけど、患者だから手が出せないんだって。」
「わたしそれ初耳よ。そんな人いたの、なんで話してくれないの水くさいわね。」
「テレサと飲んだ日、オキクは出張で居なかったから…。」
この場でナミの片想いの相手が希久美の見合い相手だと判明したら大変なことになる。テレサはこの話がこれ以上突っ込まれないよう慌てて話題を変えた。
「でもオキクもすごいわね。私が薬の力を借りても、どうにもならなかった男のこころを動かしたんだから。綿密な計画もさることながら、その行動力と演技力には脱帽するわ。」
『演技力』という言葉が、希久美の心に刺さった。泰佑の一筋の涙を思い出した。
「ねえナミ…。」
「嫌ね、妙に潤んだ眼しちゃってなによ、オキク。」
「泰佑は…治らないの?」
「えー、この期に及んでなに。いまさら情けを掛けるつもり?」
テレサが口をつけていたお猪口を、テーブルに叩きつけて言った。
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