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「そういうわけじゃ…。」
「ちゃんと診察を受けてくれれば、その糸口くらい見つけられるかもしれないけど、それでも治るかどうかわからない。治すためには患者のこころの奥底に入って、その理由を探して取り除いてあげないとだめなの。でも患者さんがこころの奥底まで受け入れてくれるなんて、どんな優秀な精神科医でも、それができるとは限らない。」
「泰佑が心の奥底まで受け入れられる人か…。」
「そうね。いま思いつくのは、高校時代の菊江くらいなものだけど、もう死んじゃってるしね。」
ナミは、テレサを睨みつけた。テレサは視線を落として、忙しく箸を口に運んだ。
「ということは一生、男として女を愛することができないし、当然父親にもなれないんだ。」
「ねえ、プチ・プラザのチイママの話しを想い出さない。」
テレサが急に会話に参加して来た。
「男に愛されず女になれなくなったニューハーフ、女を愛せずに男になれなくなった石津先輩。つまりふたりとも『奇妙な果実』ってわけね。」
テレサの言葉が、また希久美の胸に刺さった。いくら飲んでも、もう希久美は酔うことができなかった。
診察室のドアを開けて入ってきたのは、ユカとヒロパパであった。
「あら、先日はお世話になりました。どうぞお掛けになってください。」
「はい。こちらこそすっかりお世話になってしまって…。」
石嶋がユカを膝に抱きながら、診察用のいすに座る。
「今日はどちらを診たらよろしいのかしら。ユカちゃん?それともヒロパパ?」
「ユカと自分のことでご相談があって…。ちょっとユカに聞かれたくないのですが、外に出していいですか?」
ナミは石嶋をしばらく見つめた。楽しかったあの一日を思い出した。しかし帰りのタクシーの中で、医師であることに徹しよう決心したのだ。石嶋への思いが募れば募るほど、言葉は冷徹な医師の口調になってしまう。
「私は医師です。健康に関することしか答えられませんよ。」
「はい…。」
ナミは、看護師にユカを連れ出してしばらく相手をするように指示した。ユカが部屋を出ても、石嶋はしばらくもじもじして話し始めない。
「他の患者さんがお待ちですから、早くお話し下さい。」
「はい。…実は仕事や将来にとても強い影響力がある人から、結婚を勧められています。相手はその人の娘なんです…。」
「何度かデートされていた方と違う方かしら?」
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