ドナリィンの恋

10/101
前へ
/101ページ
次へ
 バスが信号待ちで止まった。ドナがふと車窓から街に目を移すと、眺めていた街の中で、まぎれもない佑麻の姿が目に飛び込んできた。彼は両手に女性物ブランドの買い物袋を持ち、キュートな女性に腕を引かれて、楽しそうにまた次のショップに入ろうとしている。 「Napaka walang hiya nya.… (私がメール一本に悩んでいるときに、あいつは女の子と楽しく買い物かよ。)」  ドナは無性に腹が立ってきて、自分の携帯を取り出すとメールを打った。 『I'm hungry, meet me now at the bus-station close to my house!!! Donna. (おなかすいたわ。家の近くのバス停まで来て、今すぐ!ドナ)』  ドナのバスからも、佑麻がポケットから携帯を取り出す姿が見えた。メールを確認している。それからの彼のあわてぶりは遠目に見ても滑稽だった。連れの女性に手を合わせて頼みこんでいる。そして、買い物袋を押しつけると、抗議する女性に目もくれず、車道の縁石につまずきながらも、プールに飛び込むようにタクシーの後部シートに転がり込む。彼の挙動を一部始終見ていたドナは、くすくす笑いながら、ちょっとした意地悪な満足感を味わった。 「Teka lang…sandali(・・・でもちょっとまってよ。)」  やがて、ドナは自分が何をしでかしたかに気づく。ついに佑麻を呼び出したのだ。そして彼は、今の何よりも優先して、ドナが指定する場所へ飛んでいった。ドナを乗せたバスが行き着くところで、彼が待っている  バスのステップを降りると、バス停のサインに寄りかかりながら待ちうけていた佑麻が、ドナに気づく。佑麻が近づいて話しかけようとすると、ドナはまた後ろに下がってしまう。ドナは、デートの経験がないのでこういう時の男性との距離感がわからない。佑麻がまた一歩進むと、ドナはまた一歩下がってしまう。はじめて花を受け取った時の再現である。5メートルの間隔をあけ、お互い困った顔をしながら見つめあう。しばらくして、佑麻は近づくのを諦めて、少しあけた口に指を運び、手振りで『何が食べたいの?』とドナに問いかけた。ドナは、フォークをくるくる回して麺をからめ取り、口に入れるしぐさで答える。 「ああ、パスタ…。」指でOKサインを出し佑麻が歩き始めると、ドナは距離を保ちながらついてきた。
/101ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加