ドナリィンの恋

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 文句を言いながらフロアスタッフに二人のパスタをオーダーした。もちろん文句を言ったところで、ドナは日本語がわからないので伝わらない。しかし、ドナの笑顔を初めて見ることができたのは儲けものだった。佑麻の想像通りの可愛らしさだった。彼はテーブルのコースターに"Yuma Ishizu"と名前を書いてドナに見せた。それを見たドナは、"Donnalyn Estrada"と書いて応える。パスタが運ばれてくると、お互いがお互いを盗み見しながら、フォークを口に運んだ。ドナが空いたグラスを指で軽く弾くと、佑麻はフロアスタッフにドナのグラスに水を満たすようにオーダーする。佑麻が、コーヒーカップを持つしぐさをすると、ドナは小さな手のひらを振って、『お水で十分』と答える。こんな風に、ふたりの初めての食事は、静かではあったが柔らかく心地の良いものとなった。  食事を終えて店を出た。ふたりはまだ、お互いの間隔を縮めることは出来なかったが、今度は前後ではなく横に並んで歩く。その方がお互いの様子が見やすかったのだ。家の前に着くとドナは、佑麻にほほ笑み、方手を胸に当てて軽く膝を折った。『ご馳走になって、ありがとう。』仕草の意味はすぐわかった。玄関の中へ消えようとするドナの背中に向けて、佑麻は初めて大きな声で呼びかけた。 「Could you call me again ?(また、連絡をくれるかい?)」  振り返ったドナも、今度は大きな声で答えた。 「You, Next !(今度はあなたの番よ!)」  その日から、ドナと佑麻の不思議なデートが始まった。佑麻の誘いで何度かバス停で待ち合わせたものの、お互いの5メートルの間隔が依然縮まっていかない。映画に行ってもドナは3つ隣の席に座るし、大学構内の広場でくつろいでもドナは隣のベンチに腰掛ける。もっと近づいてドナと話したい欲求はあったが、佑麻は急ぐのはやめようと考えた。距離はあっても、手振りやサインである程度の意思疎通は出来るし、時間になれば腕時計を指で軽く叩き、別に不快感なくバイバイできる。ドナが自然に近づいてくるのをゆっくり待とう。一方ドナは、佑麻と安らかに時を過ごすために、今はこの距離が必要だった。この距離であれば、無理して話す必要もないし、バランスのいい佑麻のシルエットをゆっくり観賞する楽しみも満喫できる。
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