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「ドナにお酒を飲ませてどうしようとしたの。ドナがフィリピーナだから、馬鹿にしているの。」と興奮して言い放つと、青年の鼻先で荒々しく玄関を閉めた。青年はひとり取り残され、しばらくは動けずにいた。
窓から差し込む日の眩しさで、ドナが目を覚ました。起き上がろうとするが、頭が割れそうに痛い。とりあえずそこが自分のベッドであることを確認すると、安心してまた横になる。彼女は途切れがちな昨夜の記憶をたどった。怖い目にあったと記憶にはあるが、そのことよりもなぜか、タクシーに乗せるために自分を軽々と抱きかかえた逞しい腕と、その時頬に当たったリングの冷たさだけが、鮮明に体感として残っている。あの時、別な男が言った「オレノオンナ」その意味は何だったのだろう。
痛む頭を揺らさないように、やっとの思いでリビングに降りたが、ドナを叔母が待ちかまえていて容赦のないお説教を開始する。ドナが頭痛ときついお説教の千本ノックに耐えている一方で、玄関先では一人の青年が、小さな花束を手にドナの家の呼び鈴を睨みつけていた。
突然玄関が開き、驚いた青年が身を隠す。大学の講義に遅れるからと理由を付けて、叔母から解放されたドナが、勢いよく飛び出してきた。年齢にそぐわない程の可愛らしい少女走りで、先を急ぐ。彼は慌てて自分のバイクにまたがり、後を追った。ドナは、近くのバス停からバスに乗り、彼女が通う大学前で降りる。途中で出会った学友と笑いながら語らい、そして校門の奥へと消えて行った。
青年はいつまでもドナの後ろ姿を見送っていた。
歓迎パーティーから何日か過ぎたある日。ドナは、走るバスの窓から外をぼんやり眺めていた。日本には、「四季」というものがあるそうだ。それぞれの季節によって景色が変わるというが、四季の無い国から来たドナには想像ができなかった。自分の滞在は短期間だが、できれば季節のすべてを体験できればいいのにと考えていた。
やがてバス停に着き、ステップを降りると小さな花束を持ったひとりの若者が視界に入った。その首元のチェーンについたリングの光を見た瞬間、ドナはパーティーの夜のことを思い出しその体が硬直した。恐れというよりは、驚きで心臓が高鳴る。その若者が一歩近づくと、弾かれたようにドナは大学の門へ走り出したが、若者は追ってはこなかった。
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