ドナリィンの恋

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「Forgiven granted…(許してあげるわ…)」  小さな声だったが、ドナの言葉を、彼はしっかりと受け取った。しばらく笑顔でドナを見つめていたが、軽く会釈をして言葉もなくドナから離れて行く。相手の背中を見送るのは、今度はドナの方だった。やはり、彼の目的は謝罪だけだった。彼の姿がもと来た道に消えるのを確認すると、少しばかりの失意を抱きながら、ドナは小さな花束をデイバッグに挟み込み、遅れた講義へと急いだのだった。  実は、ドナはその日の講義内容が何も頭に入っていなかった。帰宅しても、自分のベッドルームにこもり、小さな花束をただ漠然と見つめていた。叔母に、夕食の準備を手伝うように促されて、ようやくベッドから起き上がる。食事中、大学の様子を聞く叔父の質問にも、生返事で答えるだけだった。食欲もなく、終わっても雑に食器を片付けて叔母に叱られた。今日はやる気が起きない。どうしてなのか、ドナにも訳がわからない。せめて今日受け取った切り花を、コップに活けるぐらいはしようと、水を満たした大きめなコップを持って、自分の部屋に戻った。花束の輪ゴムを解いたとき、葉の間からひらりと小さな紙切れが落ちた。 "Send me a mail when you need my help. yuma-i@ **.******.jp ISHIZU, YUMA."  彼の名前はユウマなんだ。メモを見つけたドナの歓声で、驚いた叔母夫婦が部屋に駆け込んできた。  大学サークルでのアイスホッケーの練習が終った。ロッカールームへ駆け込むと、佑麻はまず携帯をチェックした。メールはない。やはり、相手に連絡させるのはハードルが高かったのかもしれない。花を受け取ってもらってから1週間。彼女からのレスポンスはなかった。メモに気づかなかったのか。それとも全く関心がないのか。今となっては、あの夜タクシーで彼女の携帯番号を取っておかなかったことが悔やまれる。また、待ち伏せしかないのかよ。ストーカーだよな、これじゃ…。そう思いめぐらせていると突然、携帯に着信が来た。取り落とすほどのあわてぶりで携帯をとったが、残念ながら相手は佑麻の待ち人ではなかった。 「俺だ。もう練習終わっただろ。由紀の買い物に付き合う前に、診療室に寄れ。」佑麻の兄からのコールだった。  佑麻の父が院長の病院。そこに、長男が内科医として勤務している。佑麻が兄の診療室のドアを開けると、兄はすでに外来を終えて書き物をしていた。 「来たか。」
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