16人が本棚に入れています
本棚に追加
「なんか用?」
「自由専攻学部のお前も、そろそろ専攻を決めなきゃいけない時期だろう。」
「ああ」
「どうするつもりだ。やっぱり、医者になる気はないのか?」
「…」
「この病院で俺が内科を診て、お前が外科を診る。それが親父の希望なのは知っているよな。」
「…俺には、人の生死に直接関わる仕事につくなんて勇気はないよ。」
「大げさに考えすぎじゃないのか。」
「…」
「まあいい。親父の期待は別にしても、進路を決めたら真っ先に俺に言うんだぞ。わかったな。」
「わかったよ。」
「ところでこれから由紀の買い物のお供だろ。忙しい俺の分まで、ちゃんと面倒見てくれよ。俺達の可愛い妹なんだから。」
兄は札入れから、万札を数枚取り出した。
佑麻が診療室を出ると、外来ロビー待っていた由紀が、可愛く手を振りながら、大きな声で彼を呼ぶ。
「佑麻にいちゃん!」
由紀の天真爛漫な言動は、女子高校生になっても変わらない。兄は、父の手で厳しく育てられた。佑麻は母の愛で、優しく育てられた。しかし、由紀は幼い頃に母が亡くなったので、母の顔もぬくもりも、何も覚えていない。だから、兄と佑麻は母親代わりに、末妹の由紀を可愛がった。そのことが、天真爛漫な由紀を作る結果となっている。幼かった由紀も、今では少女から女性へと変化し始める時期で、妹ながら見ていても愛らしいと感じる兄達だった。
「兄貴から、由紀へ小遣いだよ。」
さきほど渡されたお金を由紀に渡す。由紀は、そこそこイケメンで自分に甘い二人の兄が大好きだった。
「ラッキー、それでは出発ーっ!」
佑麻は由紀に腕を取られて、ワールドブランドショップが立ち並ぶショッピングモールへと引かれていった。
ドナは花束を受け取って以来この1週間、落ちつかない日々を過ごしている。もしかしたら、彼はメールを待っているのかもしれない。なら、メールを送るべきか、でも、これといって用もないのに送ったら軽い女にみられるかもしれない。やっぱりやめよう。けど、会って話したい気もする。いいや、お互いの母国語が通じない二人が会って何を話すのか。こんな問答がメビウスリングとなって頭を巡る。日本の看護学校の見学を終えたバスの中で、ドナはこの日もメビウスリングと格闘していた。
最初のコメントを投稿しよう!