アキオ・トライシクル

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「それに、今夜は車で来ていますし…。」 「毎晩、騒ぐわよ。」  彰夫は、間近に顔を寄せて詰め寄るテルミの眼を見た。その漆黒の瞳は月光を受けて妖しく輝く。言う通りにしなければ本当にやるぞとその眼が言っていた 「お酒を飲むことはできません…。」    彰夫は、テルミの前にひざまずいた。 「だから、この前の夜のように、酒のシャワーで手を打ってください。」  テルミは、自分の前にひざまずく彰夫を興味深く眺めていた。 「彰夫、あんたって面白いわね。」  そう言うとテルミは躊躇なく、彰夫の頭に勢いよく日本酒を振りかけた。  好美が新たに借りたマンションは、江ノ島電鉄線の湘南海岸公園駅の付近にある。江ノ電として親しまれるこの路線は、1902年9月1日に藤沢から片瀬、現在の江の島の間で産声をあげた。その8年後に小町、現在の鎌倉までの全線が開通することになる。鎌倉駅から藤沢駅まで、15駅で10キロの営業距離を12分間隔で往復する可愛い路線だ。開業時は、江ノ電の路線は路面電車であったが、1944年11月に当時の地方鉄道法により普通鉄道に変更された。舗装された一般道路の中央を堂々と走る普通鉄道としては、日本で唯一の路線である。  好美はこの可愛い路線と味のある車両が気に入っている。だから湘南海岸公園駅から藤沢までの短い区間ではあるが、通学に江ノ電を利用することにしたのだが、大きなキャンバスを抱えて通学しなければならない時は、その小さな車両ゆえにたいへん片身の狭い思いを強いられる。今日がそういう日だった。
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