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藤沢の居酒屋で時間をつぶしている間に、克彦はそこそこ出来あがっていた。
「いや、最近の彰夫君を見ていて、僕も信子も心配していたんだよ。酒が飲めないはずなのに、酒臭いままで出勤してきたり、この前なんか飲酒運転で捕まったし…。」
「だからあれは飲んでないって。警察もわかってくれたでしょう。」
「酒を浴びた服で運転すりゃ、誰だって捕まるっつうの…。」
「いいから…もう行きましょう。時間ですよ。」
克彦を追いたてて、彰夫はテルミの働くキャバクラへ向かった。駅裏の雑居ビル。その地下に、『ゼロ・ガール』があった。
彰夫は克彦とちがって、この手の店に入るのは初めてである。重いドアを開けると、安っぽいBGMと嬌声が、絡まって塊になり彰夫の体にぶつかってきた。彰夫は思わず顔をしかめる。
「いらっしゃいませ。おふたりですか?」
入口のマネージャの問いに、克彦は指を二本立てると、その指を自分の鼻の穴に突っ込む。
「席にご案内いたしますが、只今からショーが始まりますので、女の子がつくのはショーの後からということで、ご容赦ください。」
「おお、いいよ。そのかわりスタート時間は、ショーが終わってからつけろよ。」
克彦のやりとりに、さすが慣れたものだと、彰夫は感心した。
彰夫達が案内された席は、部屋の隅の末席だった。やがて、ショーが始まる。小さなステージに店で働く女の子たちが入れ代わり現れて、AKB48よろしく踊りはじめる。テルミがいた。彼女はすぐ彰夫を認めたようだ。いつにもまして、広く胸元が開き、腰までスリットの入ったドレスを着て、思わせぶりに体をくねらせて踊っている。彼女が妖しく笑って彰夫にアイコンタクトをしてきた。彰夫は思わず視線をそらした。ショーのエンディングのラインアップでは、彼女はテルミとして紹介されていた。どうやら本名で働いているようだ。
ショウが終わり、再びマネージャがやって来た。
「只今よりお時間を始めさせて頂きますが、ご指名はありますか?」
「いや、べつに…。」
克彦を遮って彰夫が叫んだ。
「テルミさんをお願いします。」
「なんだ彰夫君。お目当ての女の子がいたのか?」
驚く克彦に返事もせずに、彰夫はテーブルのタンブラーをじっと睨み続けていた。
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