アキオ・トライシクル

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 指名はしたものの、テルミはなかなかやってこなかった。他の席を盗み見すると、テルミは他の席でも指名されているようで、大声で騒いでいる。触ったり、触られたり。おもちゃにしたり、おもちゃにされたり。挙句の果てに、客と本気でケンカしていたり。生まれた時からこの店にいたように溶けこんでいた。嫌悪はない。しかし、軽蔑はあった。彰夫にとって女はああではいけなかった。やはり、女はベランダから男の姿を認めて、走ってコーヒーを持ってやってくる純真があるからこそ、敬愛すべきものなのだ。  彰夫たちの席に、見知らぬ女の子がやってきては去る。それを何回か繰り返しているうちに、ようやくテルミがマネージャに導かれてやってきた。テルミは、挨拶もなく彰夫の横にどかっと座ると、マネージャに言い放つ。 「マネージャ。ボトル入れて、フル盛り持ってきて。おなかすいたからサンドイッチもね。それに、私にはいつも通り冷酒を持ってきて。」  勝手に注文するテルミに困り顔のマネージャ。テルミは彰夫に振りかえって言った。 「ごめんなさいね。あたし日本酒が大好きなものだから…。」  彰夫は首をふりながらも、マネージャを見て軽くうなずいた。テルミの傍若無人な指示はさらに続く。 「もう閉店までここを動かないから、他に指名入れないで。ヘルプもいらないわ。余計な女の子はよその席に付けちゃって。それから…。」  テルミは、正体を無くして女の子の膝枕に崩れている克彦をあごで指し示した。 「お連れさんのために、タクシーを呼んであげてくれる。」  テルミの一連の指示が完成するまで、彰夫とテルミはお互いそっぽを向きながら、一言もしゃべらなかった。グラスに氷を足すとか、客に対するフロアレディとしての当然の仕事もせずに、テルミはボトルの酒を手じゃくで飲み続けている。彰夫がレストルームから戻った時も、テルミはオシボリも渡さず、彼のグラスを指差して吐き捨てるように言った。 「さっきから何飲んでるの?」 「ウーロン茶」 「情けない…。」  彰夫は気分を害して返事をしなかった。 「しかも、ひとりで来ないなんて、相当いくじなしなのね。」 「とにかく、言われた通り来たんだから、文句は言うな。」 「なにそれ…嫌なら、来なきゃいいじゃない。」 「お隣に迷惑がかかるようなことはできない。」 「その女がそんなに大切なの。」 「あくまでも店子の安全を守りたいだけだ。」
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