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「あたしだって、店子よ。」
「だれが賃貸契約したか知らないが、俺は君を店子と思ったことは無い。」
「でも…あの女のことを持ち出せば、毎日来てくれるってわかったわ。」
「いや、今日だけだ。君にはっきりと警告するために来た。…いいか、またこんなことをしたら警察に訴えるぞ。」
彰夫は精一杯の凄みを利かせてテルミを睨む。
「キャハハハハ…。そう力まないでよ…。わかったから今夜は楽しみましょう。最初で最後の貴重な一夜になりそうね。」
テルミが、彰夫の腕を取って、身をすりよせて来た。柔らかい乳房と腰が彰夫の身体に触れた。付けている香水とは別なテルミの香りが、彰夫の脳下垂体に染み入る。彰夫は脈拍数が上がり、自分のある部分が固くなってくることを自覚した。なんでこんな女に?相手の息の湿気が感じられるくらい顔を寄せて来るテルミに、彰夫は体をのけぞらせる。
「やっ、やめろ。それ以上近づくな。」
「なぜ?」
「…やっぱり、もう帰る。」
「もしかして、彰夫。あたしに感じてる?」
「ばかな。」
語気を荒めて立ち上がる彰夫を、テルミが無理やり引き戻した。
「わかったわよ。でもいくら飲めない彰夫でも、自分のグラスをあけずに席を立つのは、マナー違反だってことは知ってるわよね。」
テルミがグラスを持って彰夫に差し出した。彰夫はテルミの顔を警戒して覗き込んだ。相変わらずの漆黒の瞳に、妖しい光を携えて微笑んでいる。彰夫はグラスを受け取るとウーロン茶を一気に飲み干した。
「やっと…飲んだわね。」
「満足したか?」
「ええ、今チェックをマネージャに言うから、座って待ってて。」
しばらくソファーで待っていた彰夫ではあったが、テルミが一向にマネージャを呼ぼうとしない。焦れた彰夫が、勢いよく立ちあがった。足が変だ。急に立ち上がったから貧血でも起こしたのだろうか。膝から下の力が入らない。彰夫は再びソファーに座りこんで、足の感覚を呼び戻そうと、必死に拳で腿を叩いた。しかしその努力も虚しく、やがてしびれは全身に広がり、彰夫は隣に座るテルミの膝の上に崩れ落ちる。
「テルミ…俺に何を…飲ませた…。」
「可愛い小鳥ちゃん。鳥かごの中に、ようこそ…。」
彰夫は薄れて行く意識の中で、心の底から恐怖を覚えていた。
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