アキオ・トライシクル

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 好美の耳にテルミと同じホクロを発見したあの日、こっそり好美の後をつけて、彼女が入って行った部屋を確認した。まぎれもなくさっき自分が出てきた部屋であった。急いで会社に戻って、借主情報を確認した。好美に姉妹はいなかった。好美とテルミ。自分が彼女たちと接した記憶を、改めてはじめから検証し直して得た結論を持って、彰夫はここにやってきたのだ。  やがて、頭皮がてかてかに光った杉浦教授が、額に汗をうっすら浮かべて教授室に戻ってきた。彰夫の顔を見るなり、その表情を緩めて歓迎の意を表してくれた。 「いやー、久しぶりだね及川君。待たせてすまん。」 「いいえ、お忙しいところでお時間を頂戴してしまって…。」 「卒業後はどうだい?」 「亡くなった父が残してくれた会社で、姉夫婦とともに細々とやってます。」 「少し社会人らしくなったのかな?」 「杉浦先生は相変わらずで…。」 「そんなお愛想を、わしの頭を見ながら言うもんじゃない。」  ふたりは久しぶりの再会に笑い合った。 「ところで、院への進学を進めるわしの推薦を蹴って大学を去った君が、突然やって来た理由はなんだい。」 「杉浦先生、実は解離性同一性障害についてお聞きしたくて…。」  杉浦教授は、頭の中の図書館から関連書籍を検索するかのように目を閉じた。 「解離性同一性障害。いわゆる多重人格だな。本人にとって堪えられない状況を、自分のことではないと感じたり、あるいはその時期の感情や記憶を切り離して、それを思い出せなくすることで心のダメージを回避しようとすることから引き起こされる障害を一般的に解離性障害と呼ぶが、解離性同一性障害は、その中でもっとも重い症状で、切り離した感情や記憶が成長して、別の人格となって表に現れるものだね。」 「患者さんに会ったことがありますか?」 「この障害は決して珍しいものではないんだが、残念ながらお会いしたことはないよ。もっとも、長期にわたって『別人格』の存在や『人格の交代』に気づかずいる人も多いんだ。人によって深刻度は様々で、中には治療を受けることも、特別に問題をおこすこともなく、無事に大学を卒業し、就職していく人もいるくらいだから。」 「そうですか…。逆に重症の場合は?」
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