2人が本棚に入れています
本棚に追加
深いため息とともに、彼女がうっすらと目を開けた。覗いた瞳の色はグレーだった。好美は、じっとベッドサイドに居る彰夫を見つめる。ボケている画像の焦点を合わせているようだった。
「彰夫さん?」
慌てて身体を起こそうとする好美を、彰夫は止めた。
「大丈夫、ここは病院だよ。好美さんはもう回復に向かっているから…。」
「どうして私が病院に?なぜ彰夫さんがそばに居るの?」
「ゆうべ具合が悪くなって、好美さんが電話してきたんだよ。憶えてないかい?」
好美は困ったように首をふった。彰夫は、好美の手を優しく握りながら言葉を続けた。
「こんなふうに記憶が飛ぶなんて、よくあることなのかな?」
彰夫の問いに、好美は顔を背けてしまった。
「ああ、変なこと聞いてごめんね。無理に話さなくてもいいよ。今は身体の回復だけ考えよう。お水でも飲むかい?」
そう言って、ミネラルウォーターを取りに行こうとすると、好美は握っていた手に力を入れて、彰夫が自分のそばから離れるのを嫌った。
「確かに、記憶が無くなることが…たびたびあるんです。」
彰夫は座りなおして、好美の言葉を待った。好美は慎重に言葉を選んでいるようだった。
「…そんな女なんて、気持ち悪いですよね。」
「そんなことは二度と言わないって約束して。」
彰夫は好美の弱気な発言に反射的に返事を返した。その素早い反応と手を握り返してくる彰夫の力に勇気を得て、好美は話を続けた。
「気がつくと部屋が散らかっていたり、自分のものじゃないものが置いてあったり…。誰かがいたみたいで…。それでも、今まではわたしの身体に、なにも危害なんてありませんでした。」
好美は、点滴の管が繋がる腕を眺めながら言った。
「病院で目が覚めるなんて、初めてです。私怖い…。」
彰夫は好美のベッドに腰掛けると、好美の震える肩を抱いた。好美は、怯える小鳥が母の羽根の中に逃げ込むように、彰夫の腕の中に身を預けた。
最初のコメントを投稿しよう!