アキオ・トライシクル

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 好美はそれでいいのだが、テルミはそうはいかなかった。一緒に暮らして初めてテルミが現れた晩、『なんで私がアンタと暮らなきゃならないのよ。』と叫びながら、部屋中のモノを彰夫に投げつけた。ぶつけられてあちこち絆創膏だらけになった彰夫だが、常に冷蔵庫に冷酒を欠かさないことを条件に、なんとかテルミをなだめすかした。  彰夫は、毎日の同室の生活の中で、好美とテルミの生活をできるだけ干渉しないようにしながら、彼女たちの観察を始めた。どんな時にテルミが出現するのか、克明に記録した。テルミが毎晩現れることはない。3日か4日に一夜ぐらいの出現率だ。よほどの事件が無い限り、人格交代に明解な動機があるわけでもないようだ。その出現のあり方は、『ししおどし』に少しずつ水が溜まり、やがて傾いて岩を叩くのに似ていると思った。  好美は美大に行く以外は、あまり外出しない。外出しても外での活動は安心して見てられるのだが、テルミはそういうわけにはいかない。仕事に行くのだとわかっていても、テルミが何も言わず大きなドアの音を立てて出て行った夜は、後を追っかけて連れ戻したい衝動に駆られる。自分と起きたことを考えると、あまりにも奔放で自己中心的なテルミの言動が彰夫を落ち着かなくさせるのだ。外では、お客や男友達とどういうつき合いをしているのだろう。男漁りでもしているのだろうか。恥ずかしがる好美から苦労して聞き出した話では、目が覚めたらベッドに知らない男がいたなどということは過去には無かったようだ。男を自分の部屋に連れ込むようなことはしないようだが、では、自分の時はいったい何だったのだろうか。幸いにもベッドの下に落ちていたので好美に気付かれなかったが、あの時目覚めた彼女が自分を発見していたらどうなっていただろうか。テルミが男と寝ると言うことは、肉体的には好美が寝ているのと一緒になる。考えれば複雑な心境だ。とにかく彰夫は、テルミを縛り上げて自分そばに置いておきたかったのだが、無理に彼女の行動を規制したり強要したりしたら、好美に何をしでかすかわからない。そう考えてじっと我慢しながらも、やはり帰って来るまで心配で寝られなかった。
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