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テルミは、酔いでふらつく足でタクシーから降りる。克彦の乗るタクシーに振りかえると、軽く敬礼をして、マンションの方に歩いて行った。
「運転手さん、少し前に出て、止まってくれる。」
克彦はそうドライバーに指示すると、ポケットからオペラグラスを取り出し、後部座席の窓からテルミの姿を追った。テルミは、ふらふら歩きながらマンションの入り口に到達するが、その場で座り込んでしまい中に入って行こうとしない。バッグから携帯を取り出すと誰かに電話をしているようだった。
『あーん?こんな時間に誰に電話してるんだ?』
克彦はオペラグラスで、さらにテルミを見守った。
やがて、マンションの入り口から男が出てきた。男はテルミと何か言い争っているようだったが、結局バッグを受取り座り込むテルミを背負った。
『ああ、やっぱり男と暮らしてるのか…。』
おぶられたテルミは、はしゃぎながら男の片耳を引っ張り、男は痛さのあまり引かれる方向にひと回りせざるを得なかった。こちらを向いた男の痛そうな顔を見て克彦は愕然とする。その男は彰夫だった。彰夫はテルミにおもちゃにされながら、ようやくマンションの入口にたどり着く。マンションに入る直前に、テルミだけが振り返った。テルミが悪戯な笑顔でこちらに敬礼しているのを、克彦はオペラグラスを通してはっきりと見た。
「ぼーっとして、何考えているのよ。」
頬杖を突く肘を信子に払われて、克彦は我に返った。
「別に…。」
「まったく…。かっちゃんは、昼はぼーっととしているくせに、夜になるとやたら元気になっちゃって…。最近毎晩遊び過ぎじゃない。」
確かにキャバクラ通いの夜が続いて、寝不足なのは事実だ。それにしても、昨夜は衝撃的だった。あそこで彰夫の顔を見るなんて…。
「最近。彰夫が変だと思わない。」
考えている事といきなりシンクロして、信子から彰夫の名前が出てきた。克彦はぎょっとしてテーブルに置かれたお茶を倒してしまった。慌てて手元にあったトイレットペーパーで、こぼれたお茶を拭く。信子は克彦の失態に首をふりながらも言葉を続けた。
「どうもさ、彰夫のやつ女と暮らしているみたいなのよ。」
入口に近いデスクで仕事をしていた美穂が、ピクリと反応した。信子は美穂に聞こえないように、顔を克彦に近づけて声をひそめざるを得なかった。
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