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「犯罪じゃなければ、彰夫も大人だし何してもいいんだけど…。でも、たったひとりの肉親としてはやっぱり相手と会っておくべきだと思うのよね。」
「やっ、やめた方がいいと思う。」
克彦は、即座に信子を否定した。日頃から従順な克彦にしては珍しい反応だ。
「どうして?」
克彦に本当の理由が言えるわけが無かった。詰め寄る信子。
「どうしてよ?」
「…たぶん、今の同棲なんか長続きしない。すぐ別れちゃうと思うよ。すぐ別れちゃう相手と会っても無駄だろう。」
「なんですぐ別れるって思うの。」
「気難しい彰夫くんの性格を考えれば、一緒に暮らす相手もそのうち…。信子もそう思うだろう。」
信子はしばらく考えていた。
「そうかもしれないけど…でも決めた。やっぱり会うわ。」
「やめた方がいいって…だいたい誘っても彰夫君が連れてくるわけないよ。」
その時、事務所の自動ドアが開いて、彰夫が建て売りの建築現場から帰って来た。思いついたら、すぐやらねば気がすまないのが信子の信条だ。
「彰夫。今夜家でご馳走作るから、同棲している彼女を連れておいで。」
あまりにも突拍子もない信子の申し出に、一瞬眉をしかめた彰夫だったが、あっさりと返事を返した。
「わかった。都合を聞いてみるよ。」
「えーっ?」
克彦の絶叫に、さらに彰夫が言葉をかぶせる。
「それから、言っておくけど、同棲じゃないから。ルームシェアだから。」
それだけ言うと、彰夫は設計図面を持ってまた外へ出て行った。
「さて、今夜は何を作ろうかしらね…。」
思案顔で奥に戻る信子の背を見送りながら、克彦の膝は小刻みに震えていた。テルミが我が家に来るなんて…。信子がテルミに会ったら、絶対に修羅場になる。信子がテルミを気に入るわけが無い。傍若無人なテルミの言動で、こちらにも火の粉が降りかかって来るのは明らかだ。ふと顔をあげると、克彦のデスクの前に美穂が立っていた。
「なんだよ?」
「あたし…辞めさせてもらいます。」
美穂の手に退職届があった。
「だから、彰夫君の同棲なんて長続きするわけないからぁ…。」
その後事務所を閉めるまで、克彦は泣きくれる美穂を説得することで一日を費やした。
「姉貴、来たよ。」
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