アキオ・トライシクル

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 『江の島ハウジング』の入口の自動ドアが開いた。皆が出払っていてひとりで店番をしていた彰夫は、手持無沙汰に読んでいた本を閉じる。開いた入口を見つめてしばらく待ったが、誰も入って来る気配もなく、やがてドアが静かに閉まった。彰夫は、首を傾げながら、また本を開く。1時間のうちにそれが3回繰り返されると、さすがに彰夫も自動ドアの不具合を疑った。ドアの調子を見に外へ出ると、賃貸マンションの案内が張ってあるショーウィンドの前で、ひとりの少女がうつむいて立ちすくんでいた。少女と言っても二十歳くらいの年齢なのだろうが、消え入りそうな全体の印象が、彼女を少女として起想させる。彰夫は、少女に話しかけることを控えた。無理に話しかけても、迷惑顔で立ち去る客がほとんどなのだ。彰夫はあちこちを叩きながらドアを点検した。不具合はなさそうだ。やがて、彰夫は自分が呼ばれている事に気付く。その声があまりにも小さいので、はたして何回目で自分が返事することできたのか、自信が無かった。 「えっ、なんでしょうか?」  少女は、それから黙りこんで一言も話さない。困惑する彰夫だが、このまま少女を放置して席に戻ることもできなかった。 「賃貸物件をお探しですか?」  少女は、わずかにうなずいた。 「そうですか…。もし、よろしければ中でご希望をお聞かせいただけますか?」  彰夫は少女をオフィスに導いていった。いや、そのつもりで接客カウンターに座ったのだが、少女は入ってこない。不思議に思って、外へ出てみるとそこにいたはずの少女の姿は消えていた。  午後になって近くのカフェでのランチを終えた彰夫が事務所に戻ると、ショーウィンドの前で立ちすくむ人影を認めた。またあの少女だった。彰夫はため息をつきながら少女のそばに進んだ。 「そこで立っているだけじゃ時間の無駄ですよ。どうか店の中でご希望をお聞かせください。今度は女性の店員も居ますから、安心していいですよ。」  彰夫は、今度はそばから離れずに、少女を店内に導いた。少女はうつむいたまま彰夫に従った。 「美穂ちゃん。お客様のご希望をお伺いしてくれるかな。」  彰夫は、そう指示を出すと自分のデスクに戻った。しばらくして、物件情報を整理している彰夫の前に、困り顔で美穂がやってきた。 「あのお客さんなんですが…、彰夫さんに対応してほしいそうですよ。」
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