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母は娼婦だった。
あばら屋のような古い家には毎日違う男が通っていて、母が事を致している間、鷺沼は外で時間を潰していなければならなかった。そんな母であったので、当然のように父親は不明だった。家はこれまた当然のように貧乏で、ごく自然に鷺沼は盗みを覚えた。
生活は、母親が身体を売って得た金と、幼い鷺沼が盗んだ僅かな金とに支えられていた。 その母も鷺沼が11の時に他界した。肺ガンだった。
病の前兆は幾らもあったように思える。だが、それをどうこうしようという思いは無かったし、出来る金などどこを探しても見当たらなかった。
母から愛情を受けた記憶はない。客が家に来る時には母は決まって邪魔者を見るような目で鷺沼を見下ろし、それが冬の寒空の下であっても「2時間は帰って来るんじゃないよ」と言って鷺沼を家の外へと追いやった。
鷺沼と母とは他人で、互いに仕方なく共存している。そんな空気を幼いながらに感じ取っていた。
母が他界してからは散々だった。11の子供を雇ってくれるところなどあるはずもなく、父も祖父母も知らない鷺沼に頼れるところはなかった。
日々、あばら屋を寝床にしては盗みを働いた。それも見付かっては半殺しの目に会うので楽なものではなく、自分の身を守る術を身に着けようと街の武道場に赴いては外からそれを眺め、見よう見まねで腕を磨いた。
年が経つにつれて、盗みの腕も武術の腕も長けていった。その年頃の少年にしては異様なほどにぎらついた目と伸びきった髪が白い肌と合わさっていっそう不健康さを滲ませていたが、生きていく、それだけが鷺沼の光だった。
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