名無し子

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名前の通りの厳しさのためか、一人息子の八幡真一郎は真っ直ぐなお人好しに育った。鷺沼の7つ上で15歳で組に来た鷺沼を一番良く見てくれたのは当時22歳だったこの真一郎であった。 その真一郎も30にして女児を授かった。それが檸檬だ。 まだ首の据わっていない檸檬を抱きかかえて来ては鷺沼に「縁、見ろ。俺の子供だ」とそれは嬉しそうに頬を緩めていたのを思い出す。 「お前も抱いてみろ」 そう言って腕に押し抱かされた赤子に困惑しながらもその顔を伺い見れば、クルリとした目がこちらを見つめていた。真っ直ぐな目に何故かぎくり、としたが檸檬はそんな鷺沼の心情は知らないまま、にこぉと頬を緩ませてからキャッキャと笑いだした。笑うと右頬にえくぼが出来るのが父親とそっくりだった。 「可愛いだろ。俺ぁな縁、この子のためだったら命だって惜しくねぇ、そう思う よ」 「…檸檬、お嬢…」 「そう、檸檬だ。八幡檸檬。極道の1人娘で苦労させる事もあるかも知れねぇがな…、この子が笑って生きていけるように守ってやる。縁、お前もこの子を守ってやってくれ」 腕の中で笑い続ける檸檬の笑みを見つめながら鷺沼は気付かぬうちに頷いていた。厳 一に拾われた義理からではない。 まだ何も知らずに鷺沼の腕の中純粋な笑い声を上げる小さな存在を守ることはごく、当たり前の事のように思えたのだ。 「お前の、新しい家族だ」 「…家族、ですか」 「あぁ、親父も俺もお前は家族の一員だと思っているからな。お前も妹が出来た気持ちでいてくれよ」 真一郎はそういって、人の好い笑みを浮かべた。右頬に赤子と同じえくぼが出来ていた。
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