「ジキルとハイド」鳴、黒須

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「…Hath not a Jew eyes? Hath not a Jew hands, organs, dimensions, senses, affections, passions, fed with the same food, hurt with the same weapons, subject to the same diseases, healed by the same means, warmed and cooled by the same winter and summer, as a Christian is? 」 舞台を降りた鳴の後ろから悲痛な色を含んだ声が聞こえて思わず振りかえる。 英語ではあったが商人、シャイロックの台詞だ。 舞台の上で黒須が天井を仰ぎながら両腕を広げているのが見えた。 「……役に喰われるぞ」 思わず告げた言葉に黒須が視線を落とす、油断したのか裏と表の顔が混ざった何も無い無表情に背筋がぞっとする。 「えー?何か言ったー?」 ヘラリと表の顔で笑う黒須が不気味でしかない。 「ジキルとハイド」 そんな言葉が浮かんだ。 「…あたしは帰る、戸締まりは任せた」 「うん、お疲れー♪」 体育館を出る直前に振り向けば黒須はまだ舞台の上で天井を仰ぎ見ていた。 「…ユダヤ人には目がないのか?ユダヤ人には手がないのか? 鼻や耳や口はないのか?いいや、五体もあれば、感覚もある、好き嫌いもあれば、情欲もある。キリスト教徒と同じものを食い、同じ刃物で傷つき、同じ病気にかかり、同じ薬で治る。ユダヤ人でも冬は寒いし、夏は暑い……」 帰り道、小さく呟く。 先程体育館で黒須が英語で演じた一節だ。 虐げられて生きてきたシャイロックの悲痛な独白。違う人種に苦悩し歪んでしまった男の呟き。 「……あたしが思うに…どうやら手遅れだぞ、 先生」 黒須が役に喰われハイドに身を取られるのは時間の問題、あるいは既に…… 「あたしらは全うなキリスト教徒、黒須はユダか」 救われないな。 地獄の門は彼がその扉を叩く日を待ち受けている。 その1週間後、 全校生徒を前に演劇部の発表会があった日の放課後。 黒須は校舎の屋上から身を投げた。 Fin
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