58人が本棚に入れています
本棚に追加
秋良は新宿ゴールデン街の母の営む店の前に佇んでいた。守本ドクターに、『心配するな。手は考えるから…。』と言ったものの、思案にくれてあちこちを彷徨い歩いた。そしてひとつの解決策を持ってここに来た。秋良はそれを実行する為に、自分の母親から何か確信のようなものを得ようとしていたのだ。
自分は、親に世話になったという記憶が無い。独学、バイト、奨学金。まさに自分の力でここまでやって来た。父親など顔も知ることなく、自分を捨ててどこかへ消えた。母親は、無くなった弟がお腹にいる時でさえ、家に居つくことなく男の尻を追いかけていた。たまに家に居ても、迷惑そうな目で自分を見ていたことばかり憶えている。秋良は確かに母親の胎内から生まれたのかもしれないが、こちらから頼んで産んでもらったわけではない。勝手に産み落としながら、なぜ迷惑そうな顔をされなければならないのか。
店から男と母親が姿を現した。母親は店を出る男を引き留めるように、その腕を取っている。男は、腕を引き離して立ち去ろうとするが、母親がなにやら必死にその男に話している。そして、何枚かの万札を男に見せると、それを男の胸ポケットに入れた。男は、固い表情を和らげると腰に手を回し、母親の尻を何回か撫ぜて歌舞伎町の街に消えて行った。やがて男の姿が見えなくなり、母親は大きなため息をついて店に戻って行った。
母親はお金の無心の時だけ連絡をよこす。店の運用資金とは言うが、店の売上をあのように吐き出していれば、当然資金など無くなる。つまり、母親は自分が男に貢ぐ金を秋良に無心しているようなものだ。
あの母親にしてみれば、自分はたまたま金を持っている無心相手であり、自分がいなければ別の無心相手を探すだけのこと。自分にしてみれば、母親の存在は迷惑でこそあれ、それ以外はなんの意味もない。所詮、人と人の関係は、利用するか、それとも利用されるかに過ぎない。
『血のつながった親子って特別な関係なのか?』
秋良はそう呟くと、店を背にして歩き始めた。母親を見て、自分が期待していたものが得られたからだ。
「お帰りなさい。食事が出来ているわよ。」
帰って来た秋良に真奈美が恐る恐る声をかけた。きっと不機嫌に違いない。今日の失敗が秋良に与えた影響を心配していたのだ。しかし意に反して秋良は笑顔で答えたが、その声には張りが無かった。
「まずシャワーを浴びる。」
最初のコメントを投稿しよう!