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真奈美は、ふとクリニックへ向かう車の中で、三室が言っていた事を思い出した。『今回をしくじったら、この会社どころか、社長が存続できるかわからない。』それがどういう意味なのか、あの時の真奈美には理解できなかった。しかし今、静かに話す秋良の口調に、真奈美は凍えるような恐怖を覚えた。
「この仕事のお客さんは、どうしても10カ月後に子供が必要らしい。そのために悪魔に魂を売り渡してきたそうだ。」
秋良が真奈美を見た。その瞳が今まで真奈美が見たこともないような狂気に覆われていた。
「何が何でも今夜、真奈美には妊娠してもらわなければならない。」
真奈美が身を固くして身体を後ろに反らした。
「どういう意味?これからクリニックへ戻れって言うの?」
「いや、クリニックに戻っても、使える受精卵なんてない。」
真奈美は席を蹴った。
「じゃあ、どうやって私を妊娠させるつもりなの?」
「真奈美の卵子を借りたい。」
真奈美を見据えながら秋良が席を立った。真奈美は弾けたように飛びのけて、キッチンの食器棚にへばりつく。
「サロゲートマザーは契約にないはずでしょ。」
「そう言うわけにないかなくなった。」
「ふざけないで!私は絶対に嫌よ!」
秋良が真奈美へにじり寄って行く。秋良のただならぬ殺気に、真奈美は自分を妊娠させる男が誰であるかを直感した。
「秋良、まさか…嫌よ!絶対に嫌!近づいてこないで!」
真奈美は叫びながら、手に握れるものをかたっぱしから秋良に投げつけた。秋良はよけようとしない。皿が口に当たり唇が切れた。コップが額に当たり血がにじむ。真奈美の必死の抵抗にも表情を変えずに、ゆっくりと彼女に近づいていった。真奈美はキッチンの隅に追い詰められた。とっさに棚から果物ナイフを抜きだすと秋良に向けた。
「それ以上近づいたら刺すわよ。本気よ。」
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