ウ・テ・ル・ス

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 秋良はそれでも歩みを止めようとしない。真奈美はナイフを横に払った。秋良のシャツが裂け、胸の皮膚が切れた。しかし、それでも痛いとも言わず、表情も変えず、ただゆっくりと真奈美に近づいてくる。真奈美は悟った。狂気が秋良の心を覆い、もう彼は自分で自分を止められないのだ。だから心の奥底に隠れた良心が、このナイフを無抵抗に受け入れて、自分の死が自分を止めてくれることを願っている。こんな状況でも、真奈美はこの男を死なせるわけにはいかないと思った。しかしだからと言ってこのまま秋良を受け入れるわけにはいかない。とっさにナイフを自分に向けて叫んだ。 「どうしてもやる気なら、私は死ぬわ。」  ようやく秋良の動きが止まった。見つめ合うふたり。真奈美が怯えた眼差しで秋良を見ると、不思議に彼の瞳を覆っていた狂気が消えていた。そして、あろうことか真奈美は彼の瞳の、奥の奥に自分への愛情の灯を見たのだ。後日、真奈美がそのことを秋良に告げても、彼は笑いながらも決して認めようとはしなかったが、真奈美はそれを一生確信し続けている。 「俺が生きているうちは、絶対に真奈美を死なせない。」  彼はそう言いながら素手でナイフを掴むと、自分の手が切れることもいとわず、ナイフを真奈美の胸から退いた。秋良の身体から今まで感じていた殺気と、まったく別なオーラが感じられた。真奈美の心が秋良に吸い取られていくような気分だった。真奈美の身体の力が急に抜けた。そして、そんな崩れそうな彼女を秋良が抱きとめた。 「あなたはどうしても…そうしたいの?」 「ああ…。」 「そう…でも、レイプされて出来たなんて赤ちゃんが思ったら可哀想だわ。…だから『愛している真奈美。俺の子供を作ってくれ。』って言って。」  秋良は真奈美を抱きしめながら、耳元で囁いた。 「愛している真奈美。俺の子供を作ってくれ。」 「だめ、心がこもってないわ…。」 「愛している真奈美。俺の子供を作ってくれ。」 「ちゃんと目を見て言って…。」  秋良は、真奈美を抱きしめる身体を引き離し、その瞳に向ってしっかりと言った。 「愛している真奈美。俺の子供を作ってくれ。」  ふたりの心の中で、なにかの鍵が開く音がした。 「いいわ…。あなたの赤ちゃんを産んであげる。」  秋良は真奈美を抱き上げると寝室へと向かって行った。
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