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「バックだ、バックゥー」
「行っけぇー!走れぇー」
体育館に熱のこもった声が響いてる。
キュッキュッとシューズの擦れる音もボールが床を打つ音も、こうして聞くのは随分久しぶり。アキが卒業したのはつい1ヶ月前のはずなのに。
辺りはすっかり暗くなって、体育館からは明かりがもれている。私は開きっぱなしになっている扉から、そっと中を覗きこんだ。
「ナイッシューウッ!」
体育館中の部員から一斉に歓声が上がる。
普通、試合といったら敵味方がるものだけど、関係なく両方のベンチが沸き立っている。
近くに座る部員から「あんなロングシュート、普通打てねぇって」「やっぱりかっけぇーなー」そんな声が聞こえる。私はその先に目を遣った。
そこにはーーーTシャツの肩の部分で汗を拭うアキの姿。額から頬にかけて汗が滴っている。ここから見ても熱気が伝わる。
うわぁ、色っぽい。
色っぽいとは言っても、女の人から感じる色気とは明らかに違う。例えばちょっと荒々しい汗の拭き方とか、袖口からのぞく筋肉とか、さらにTシャツの下、細く見えるけど実は逞しい身体とか……。
やだ! 私ってば。
何考えてるの、こんな所……で!
頭をフルフルと2、3回振って邪念を頭から消そうと試みる。
「ハールちゃん。こんな所で何してるの?」
不意に後ろから聞こえた聞き覚えのある声に、ギクリと身を震わすと私は恐る恐る振り返った。
「だ、ダイチ先輩……お、驚かせないで下さい」
別に心の中を覗かれたわけじゃない。なのに、こうも動揺してしまうのはダイチ先輩だから。
「こんな所にいないで中に入りなよ。
あっれー? 何か、顔赤くない? 大丈夫? もしかして体調悪いとか?……それとも……何かやらしー事、考えてたとかぁ?」
「そ、んなっ事っ」考えてないですっ……そう言おうとして言葉にならない。だって、……ダイチ先輩の言葉まんざら嘘でもない、のだから。
「ふーん?
ま、こんな遠くじゃなくてさ、近くでゆっくり、たーっぷりアキを満喫しなよ」
冷やかしの視線に、またまた頬に熱が集まるのを感じる。
「行こう」ダイチ先輩に背中を押されて中に入る。
「アキー、ハルちゃん来たぞー」その声に、アキがこちらを向く。柔らかく細められ、自然と唇が弧を描く。
幸せで胸がきゅっとなる。
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