後輩 第1号

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   その日の夜。  アキとキッチンに立ちながら『渡り廊下での出来事』は、彼が謝りに来てくれたことで無事に終息したことを話した。  もちろん、名前も相手の情報の何もかもを聞き忘れて、ナツに怒られてしまったことも。 「けどね、謝ってくれたんだから……私はもうこれ以上はいいと思ってて。むしろ……何も聞かなくて良かったのかも」 「……そう」  まるで自分のことの様に心配してくれるナツを思うと申し訳ないけど、彼とのことはこれで終わりにしたいと思った。  木製のボウルに水菜のサラダを盛り付けながら、私はそんなことを思った。    横からトマトと豆乳スープのいい香りがふんわりと漂ってくる。  今日のメニューはお手製の鳥団子のトマトと豆乳スープ、そして水菜と生ハムのサラダ。それと米粉パン。これは近くのベーカリーの絶品パンなのだ。 「あー、そうそう。  そういえば……そのコがね、私のことを先輩って……」 「…………へぇ……」 「先輩なんて呼ばれたの初めてで……ふふ……なんか、くすぐったいものなんだね」 「………………」 「ほら、私は部活をしてないから後輩って呼べる下級生がいないでしょ。だから……………どうかした? アキ?」  アキのスープをよそう手が止まっている。  その表情からは何も読み取れない。 「…………?」 「あぁ、ごめん。ちょっと考え事してた。  で、何だっけ?……ハルセンパイ?」  いたずらっぽく目を細めて、ニッと笑う。  あー! 私をからかってるっ! 「もう。いいよーだっ。  そうやって茶化すんなら、この話はもうおしまいっ!」    盛り付け終えたサラダをダイニングに運ぶ。 「ハル。機嫌直して?  ちなみに。デザートは千鳥屋の生フルーツゼリー用意してる」 「え、嘘……ホント?」 「ホント。今日たまたま寄ったら買えたんだ」  千鳥屋は地元でも有名なフルーツゼリーの専門店。  先日、全国ネットの情報番組で放送されて、今は運が悪ければ午前中に完売してしまうほどの人気店なのだ。 「さぁ、早く準備して食べよう」 「うん!」  ふと、振り返る。  さっきの……アキの表情が何となく気になったけど、今は別段変わりない。いつも通りのアキだ。    気のせいだよねーーーそう思い直した私は、準備に集中することにした。  
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