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「はい。どうぞ。
キミの好みがわからなかったから。とりあえずコレにしてみた」
差し出したスポーツドリンクを、恐る恐る受けとる後輩クン。しかし、受け取ったものの手の中のそれを凝視したまま飲む気配はない。
「あ……ごめんなさい。もしかして苦手だった?」
「…………いただきます」
少しの沈黙の後、ペットボトルを開ける音がした。
ゴクゴクゴク…………
隣で喉を鳴らしながら飲む後輩クン。よっぽど喉が乾いてたらしい。良かった。どうやらスポーツドリンクは嫌いじゃないみたい。
こうして見てると、拾ってきた猫が勢い良くミルクに飛び付く姿を連想させる。
「ぷはーっ! うめー」
ふふ。
ただのスポーツドリンクをこんなに美味しそうに飲むなんて。
「先輩……何、笑ってんすか」
「ごめん、なさい。嫌だった?
……その、美味しそうに飲むなぁって思って」
「あ、もしかして先輩も喉乾いてます? 飲みます?」
「ち、違うよ。わ、私は……大丈夫だから」
差し出されたペットボトルを全力で拒否する。
な、何でそんな風に勘違いするかなぁ。
「先輩。顔、赤いよ?
……そんな事ぐらいで動揺するなんて……かわいー」
からかわれている事に気付いて、目眩がする。
「……私、もう用がないなら戻るね……キミも、ほらもう戻って?」
教室に戻らないと。
今日は週一回のモデルレッスンの日。……早く帰らないと。
立ち上がった、その時ーーーふいに腕をとられた。
「ちょっと待って下さい……。
ねぇ先輩、キミっていうの……もうそろそろやめません?」
私の腕を握る手が、…………熱い。
「あ……ごめ、……なさい。
名前……わかんないから、とりあえずキミって呼んでたんだけど…………嫌だった?」
別に、悪気はなかったんだけど……と、付け足す。
胸は苦しい。
息するのもままならくて……。
早く、この場から離れないとーーー。
「先輩。オレね、颯太(そうた)って言います。
名前教えたんですから、もうキミって言うのやめて下さいよ。じゃっ!」
そう言って、あっという間に走り去ってしまった。
後ろ姿が小さくなるにつれて、呼吸がらくになる。
何故、名字じゃなくて名前なのか……疑問を残しつつ。
私は教室に向かって歩き出した。
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