月夜里くんは平凡を愛する

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 「私は風紀委員です。本日はあなた方新入生に対し忠告をする為にここに立っています。皆さんはまだ入学して間もない為、まだこの学校に慣れていないかと思います。ですが、慣れていなくとも『風紀』を乱すことはまかりなりません。たとえ新入生であろうとも定められた規律を破るものには、我々は容赦なく、無慈悲な制裁を加える事になるでしょう。既に何人かの新入生はその事を骨の髄まで理解している事と思います」  ここまで言って夕鶴は一人を除いて恐怖と衝撃で固まっているクラスの生徒を睥睨した。そしてこの縛られた空気を味わうかの様にひとつ呼吸をとった。  「本日まで我々は何の反論も、また抵抗もなく風紀委員会としての職務を遂行してきました。しかしながら、もしあなた方の中に風紀委員会に対して何か言いたい事があればいつでも風紀委員会の執務室または直接風紀委員にまでどうぞ。いかなる反乱分子であろうとも構いません、体の芯まで『誠意ある説得』をしてさしあげます。お望みであれば、そう、今この場でも」  最後の一言を言い放つと白い歯を見せて笑う。しかしその笑顔もまた整った顔を最大限に活用した凄絶なものだった。    終始訥々と落ち着いた調子で語った夕鶴だったが、下手に声の大きさで相手を怯ませる恫喝などよりも圧倒的に迫力、もっと言うなら破壊力があった。  この凍りついた空気のまま時が流れすぎていくかに思われたが、その止まった空気を打ち砕いたのもまた夕鶴だった。  「このクラスに月夜里薫、という生徒がいますね」  クラスの視線が今度は一気に薫に向けられた。  「は、はい?何ですか」  演技ではなく、反射的に丁寧語が口をついた。 「あなたには先ほど言った誠意ある説得が必要でしょう。今から5分後、1秒たりとも遅れることなくこの校舎の屋上まで来なさい」  薫は戸惑い、何も言えずに固まる。  「返事は?」  「は、はい」  「よろしい、ではあなた方への本日の話はこれまでとします。皆さん、先ほどの私の言葉を肝に銘じておいてください」  夕鶴は抑揚のない冷たい口調でそれだけ言うと、踵を返して教室を出て行った。  
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