月夜里くんは平凡を愛する

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 夕鶴が教室を出て暫くの間、薫は呆けた様に固まっていた。戸惑っていたのである。  自分の前にいたのは確かに夕鶴だった。しかしその振る舞いと言葉は、今まで薫の前ではついぞ表れてこなかったものばかりだった。  あの周囲を氷点下まで凍てつかせる冷たい視線はどうだろう。本当に自分が良く知る夕鶴だろうか。まさか別人では。そういえば名前も名乗っていなかったではないか。  こんな自問自答を繰り返さざるを得ないほどに先ほどの幼馴染には衝撃を受けていた。    「おいおい、大丈夫か?」  心配そうな顔で広樹が顔を覗き込む。  「えっ?ああ、なんとか」  「なんか固まってたけど、さっきのやっぱりお前の」  「多分そうだと思う」  「多分?いやそれより早く行ったほうがいい。遅れたらまずい」  少し眉をひそめたが、すぐに教室の壁に掛けられた時計を指し示す。  「そうだな、行ってくる」  「生きて帰ったら、何があったか教えろよな」  おどけた言葉を発した広樹だが、それはからかうのではなく、励ましの意味を込めたものだというのは、薫にも伝わっていた。  そして所は変わって、屋上に出る扉の前。  無論薫は咎められるような事はしていない。そう分かっていながらもどうしても不安を拭えない薫。  5分と言われていたが、随分と教室でのタイムロスがあったために、もたもたしていると時間は過ぎていくばかりだ。  遅刻という言い訳のできない咎を余計に背負うのはご免だったので思い切ってドアを強く押した。  扉を開けた途端に、春の暖かい風が薫の頬をなでた。屋上は四方をフェンスで囲まれており、思ったよりもずっと広く開放感があった。  そして向こう側のフェンス際に緑色のベンチが置いてあり、そこには髪を風になびかせて、ベンチに典雅に腰掛ける少女がいた。        
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