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「朝もしっかり起きられないなんて、薫ちゃんの将来が心配だわ」
「今日はたまたま偶然寝返りをうったときの手が目覚まし時計のスイッチに当たってしまっただけだ。大体一人前の男が朝にせかせか早く起きて、じたばたするのはみっともないだろ」
一人前の人間は朝寝坊などしないだろうし、入学式の日に、遅刻寸前でじたばたしていたのは棚に上げた物言いである。
そんな話をしつつ、リビングのテーブルでサラダと茹でたウインナー、フレンチトーストという食事を、薫は朝食、夕鶴は昼食として摂っている。
「そうだ、朝起きるのに不安があるのなら、わたしが毎朝起こしに来てあげたっていいのよ」
「それは遠慮しとく。どうせくだらないことばっかりしかしないくせに」
「ただ起こすだけじゃないわよ、夕鶴さんのスペシャルな朝食付き」
「おい!それは本当か!本当なのか!?」
机に手をついて身を乗り出す薫。目は期待と興奮でらんらんと輝いている。
何故薫がこのような反応を示したのか。現在の食卓に答えがあった。
フレンチトーストは厚切りにしたパンに、卵とミルクが絶妙にからめられていて、甘さもくどすぎず、甘いものが苦手な人でも微笑むであろう出来であり、サラダもわざわざ夕鶴が手作りのドレッシングを用意している。そして一見手がかかっていないようなウインナーも茹でる時間をきっちり見極めて、旨味が逃げないように工夫されていた。
極めつけにこれらの料理の味付けが全て薫の好みに合わせられているとくれば、薫が心を動かされないわけがなかった。
「そうやってオレが食べ物についつい心惹かれてしまうのを利用するとは。いったいどこの天才軍師に弟子入りすれば、そんな策士になれるんだ」
「そうだ、明日は春雨サラダにしようかしら」
「うわあ、夕鶴の春雨サラダかよ。オレ、あれ本当に好きなんだよな」
まるでその料理が頭の上に浮かんでいるかのように、上を向いて空想を広げる薫。
「ほらほら、どうするの?空想でお腹は膨れないわよ」
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