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耳が遠いせいか大声で話をする老人たちや忙しそうに行き交う医師、看護師、それに医薬品や医療機器の営業らしきスーツ姿。
様々な人たちが発する音がすべて合わさると、病院といえどもそこは静謐とは程遠い。
そんな中に紛れたら子供の泣き声なんて掻き消えてしまい、誰も注意を払う人なんていない。
子供の年齢なんて見当もつかないけど、多分一歳とか二歳ぐらいの本当に歩き出したばかり、といった感じの男の子だ。
見たところ、特に病気やケガもしていなさそうだ。
お母さんに付き添って来てはぐれちゃったのかな、などと考えていたのだが、ふと、危ないんじゃないかな、との思いも頭をよぎる。
万が一車イスや点滴スタンドにぶつかりそうになっても周りの誰も気付かないんじゃないだろうか。
母親はどこにいるのだろう、と辺りを見渡してみてもそれらしい人はいない。
総合受付のカウンターが目に止まったので、オレは一言声を掛けておこうかと腰を上げた。
その時、ひょいという感じで、子供が抱き上げられるのを目の隅に感じた。
母親いたんだ、そう思いながら目を転じると、子供を抱き上げていたのはさっき眺めていた女性――雪さんだった。
「お母さんはどこに行ったのかな?」
彼女がにっこりと笑いかけると、子供は泣くのを中断して不思議そうに見返す。
その横を結構な勢いで松葉杖をついた中学生ぐらいの少年が抜けて行った。
もしかすると、だけど、雪さんが抱き上げなければあの少年と子供はぶつかっていたかもしれない。
そのフットワークの軽さに、疲れてる、なんて印象を持ったことを恥ずかしく思いながらも、俺は吸い込まれるように彼女の柔らかい笑顔を見つめ続けていた。
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