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お雛は今宵も1人ひな壇に座り、お内裏様(おだいりさま)の帰りを待っていた。
ここ数年、お内裏様はお雛の体に触れることは無く、どちらかというとお杓を握っている時間の方がはるかに多い。
だがお雛自身も、お内裏様の杓とは別の、耐え難い事実を握っていた。
お内裏様と三人官女の1人、お歯黒の密会。
あろうことか自身の世話役に愛する者を奪われるとは、お雛も脇が甘酒並みに甘かったのか。
お雛はそれらの情報を全て、最下段にいる三人仕丁の一人、台傘のワライ上戸から仕入れていた。
「ワライ上戸、お内裏様とお歯黒の密会は本当なのですか?」
「はい、お雛様。お二方が夜な夜なひな壇からこっそりと降り、暗がりへ消える姿を私は見たのです」と、ワライ上戸はお雛を見上げた。
お雛はワライ上戸の上目使いを勘ぐっていた。
彼の言動には隠しきれない感情があった。
本来一般庶民であるワライ上戸が雲の上の存在であるお雛と顔を会わすことは今生に一度とすら有り得ないこと。お雛の美貌と健気な一面に、なおさらワライ上戸は打ち惚れていた。
そしてお雛はワライ上戸の恋心を知りながら利用し、密偵まがいのことをさせていたのだった。
「あぁお内裏様、何故あのお歯黒などと……。私のどこがいけないのです」
言えぬ苦しみをワライ上戸に吐くも、それは晴れぬ思いに他ならなかった。
同じく胸の苦しみを抱いていたワライ上戸は、愛おしさから思わず大胆な行動をとってしまった。
お雛を後ろから抱きしめてしまったのだ。
「何をするのですワライ上戸、よしなさい」
「俺じゃ、ダメか?」
○○白書的なクサい台詞を言ってみるも、返事は決まっていた。
「ダメです」
「はい」
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