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ひな壇の最下段に立つ三人仕丁。その1人、台傘のワライ上戸はお雛を嫁に迎えることを夢見ていた。
「日中でもお雛様に会えぬだろうか。下から着物の中ぐらいのぞけるのではといつも期待して見上げるのだが、左大臣のスネの毛しか見えん」
「あきらめろ。お内裏様はお歯黒とお雛様だけでなく、時期にひな壇の全ての女を手に入れるだろう。夢を見るな、さあ、台傘を持て」
と、沓台のイカリ上戸が指図すると立傘のナキ上戸がか細く囁いた。
「夢見たっていいじゃないかイカリ上戸。夢ぐらい……ううぅ、見たっていいじゃないかぁ」
「あー! 泣くな泣くな! 傘の意味がない!」
「だって、だってナキ上戸だもの。涙が止まらないんだぁっ」
「ワライ上戸! こいつを笑わせて、泣くのをやめさせろ!」
言われたワライ上戸は目の前にある木箱を指差した。
「ほら、ナキ上戸。あれを見ろ。お雛様よりもはるかに肌を出したおなごだ」
木箱からはみ出るは小麦色のバービーだった。
「お! ありゃぁいい南蛮娘だなぁ」
「最近来たらしいぞ。名前はばあびいらしい」
「ばあびいか、ハイカラな名前だぁ」
「しかも玩具物語に出演した銀幕スターだぞ」
「そいつはすごい!」
「待て待て待て待て待て! 黙って聞いてりゃぁ適当なこと言いやがって!」
突然イカリ上戸が怒った。いつも顔が怒っているので突然とは言い切れないが確かに怒った。
「なにが適当だ?」
「今更南蛮娘などと言い直さなくとも、アメリカ人でいいじゃないか!」
「メリケンか」
「それに玩具物語などといちいち日本語変換せずとも、トイストーリーでよいではないか! 何で日本風にこだわるんだ!」
「俺ら生粋の江戸っ子だろうぃ」
ワライ上戸が小鼻をこすって肘の裾をめくるとイカリ上戸は怒鳴った。
「俺らはひな人形だ! バービーもソフビだ! 銀幕スターじゃない、大量生産されたおもちゃだ!」
「俺たち人形?!」
「いや今気付くのかよ」
三人仕丁はしばらく、つかの間の静寂を味わった。
ふと、イカリ上戸がワライ上戸を見ると彼はおもむろに段を登り始めていた。
「あ! おい、ワライ上戸! 何処へゆくのだ待て!」
「こうなりゃヤケよ! お内裏様の女癖をばらしてくれる!」
「どのタイミング!?」
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