序章 運命の歯車

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しばらくすると、白い空間の中に一箇所だけ色が違う壁のような、あるいは透明なビニールのような“境目”があった。何もない空間において唯一比較しうる物の登場に、彼はほんの小さな、いや、本当に大切な一瞬の安堵を覚えた。改めて胸に左手を当て、ゆっくりと息をする。そうしてから再び右足を前に出す。 ほんの近くで見ると、その薄い透明な壁にはさらに純白の白い意味不明な象形文字がびっしりと書かれている。エジプトの象形文字とは違う、何か数式に近いが読めぬその不思議な文字を前に、一馬はただその壁に軽く触れることしかできなかった。 「・・・ギギギ・・・」 触れる。ただそれだけで壁は動いた。何もない空間には力を働かせるものはない。何かが干渉するわけでも、何かが自律的に動作することもない。相互干渉の起こらない空間の中で、抵抗という動作に対応する力は必要ない。その中において、彼は唯一の自律的力を持つ存在。彼自身が空間の中では特異的異物。触れるという何気ない力の干渉は、巨大な壁を動かすには十分すぎる力なのだ。
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