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石川県・根尾羽咋(ねおはくい)市立劇場の第3楽屋。
今この室内には、ニコライとアンナ、そして屍となっているこの女性以外は、誰もいない。
ほんの30分間の間に、ここで発生した出来事の真実を知る者は、ニコライとアンナのみなのだ。
「ニック、あ、あたし、あたしが……」
再び大量の涙をそのペール・グリーンの美しい瞳から溢れさせたアンナ。
ニコライは、声にならない声でなおも続けようとするアンナを制して、彼女の小さな掌を包み込んだ。
アンナの両手は、まだ生温かい鮮血にまみれていた。
「アーニャ、僕を見て。僕のことだけ見て」
ニコライの諭すような口調に、幾分落ち着きを取り戻したのか、アンナは小さく頷く。
「いいね? 今から僕が話すことを聞いてくれるかい?」
「……うん」
「いい子だ。アーニャ、君がここにいることを知っている人は?」
「いいえ、誰も」
「よし。警備員の見廻りは?」
「まだ……」
ニコライは、くすんだシルバーの懐中時計をポケットから出し、楽屋の壁架け時計と見比べた。
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