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「…遅い」
「…いや、青葉より先に部屋にいたんだけど」
この男はどうしてこうも表情と発言が一致しないのだろうか。
自室に戻って開口一番にこれだ。それも人当たりのいい笑顔を浮かべて。
「真言の考えることくらい、誰でも分かるから」
「……」
「ま、取り敢えず晩飯食べよう」
「…作ってない」
「え?どの口が言ってんの?」
少しでも抵抗しようと試みるけれども、成功した試しがないんだな。
自分が両手で頬を挟んでるから喋れないのに、僕に返事を求める矛盾ね。
「はひはふ(あります)」
「知ってる」
どことなく楽しそうなところがさらに恨めしい。
男子高校生に作れるものと言ってもたかが知れている。
切って焼いただけのまさに男の料理だけれども、食堂はそう頻繁に利用するものでもないと二人とも考えているので、大体毎日が焼肉か野菜炒めか、そんなものだ。
前に一度、青葉の部屋にお邪魔した際、ほんの気まぐれで夕飯を作っておいたらそれ以来、何故か習慣づいた。
あの時は、急に俯いて喋らなくなったから機嫌を損ねたのかとひやひやした。あとで耳が赤くなってるのが見えて、初めて勝った気分になったけど。そしてその後しっかり仕返しされたけど。
「……はっ!あ……」
「俺に呼ばれて来ておいて考え事するなんていい身分だね」
ふと意識を現実に向けると、目と鼻の先に青葉が居た。
目前にあったはずの小さなテーブルは、場所を動かされている。
「何考えてた?」
「………あおばのこと…?」
嘘ではない。けど何か間違えている気がする。
案の定青葉は溜め息を吐き、表情が表に出ない僕の鼻の先を甘く噛んだ。
「あのさぁ。真言、自分のことちゃんと分かってる?」
息のかかる距離でじっと目を見据えられ、耳触りの良い中音で話されると、頭の中が青葉でいっぱいになっていく。
責めるような声音を感じつつ、ぼんやりとした頭で頷くと、今度は耳たぶの裏に歯を立てられた。
体が痺れて、力が入らなくなる。これは決して、断じて弱点とかそういった類のものではないから。だから肩を押されて床に倒れ込んだのだって、今は青葉のする通りにしようと思って自分からやったんだから。
青葉は機嫌がすこぶる悪いらしく、いつもの爽やか笑顔すらない。眉間によった皺が、飛びかけていた冷静さを少し取り戻してくれた。
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