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「まあでも、泉堂と付き合おうってんなら、苦労すると思うぜ」
「経験者は語るってか」
「うるせ」
嘉樹がいれた茶々に慶次は律儀に反応する。俺が口を挟む間もなく、会話は続いていく。
「俺は早々に手を引いたから、あくまでツレの言ってたことなんだけどな。あいつ、普段はニコニコ笑って話すんだけど、少しでも踏み込んだ話になったりするとすぐ話題変えたり、さりげなく会話から離れてくんだってよ」
「踏み込んだ話って?」
「今度どこか遊びにいこうとか、メアド交換しようとか、そういうことだよ。多分、こっちの下心を敏感に察知してるんだろうな。とにかく、一筋縄じゃいかないってことさ」
「へえ。だってさ、レイ」
「だってさって言われてもな」
俺は、口をつぐんだまま静かに鼻で息を吐いた。
「俺は別に、泉堂と付き合いたいとか、そんなことは考えてないよ」
「今はそうでも、これからはわかんねえだろ」
揚げ足を取るなよ、と反射的に思ってしまったけれど、今後絶対に、彼女に対してそういう気持ちを抱かないか、と言われたら、断言はできなかった。それだけ、泉堂は魅力的なのだ。
「もうすぐ昼休み終わるんじゃね」
食堂の壁にかかった古い時計の長針は、十二に限りなく近づいていた。
「話そらしやがって。まあいいや。俺ちょっとだけトイレ行ってくるわ。先に戻っといてくれ」
そう言って慶次は椅子を鳴らして立ち上がり、気だるそうに俺たちに背中を向けた。あいつがトイレに行くとわざわざ口にするときは、決まってタバコを吸う時だった。
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