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昼からの授業の間にも、泉堂とは何気ない会話をこっそりとした。先生の目を盗んでちょっとした話をする奴らなんて他の席でもちらほらといたし、もっと言えば俺たちのコソコソ話なんて今に始まったことではないはずなのに、なぜか俺は、いつも以上に人目を気にしていた。もっとも相方は声を潜めようと努める他には特に何も気を遣っていないようで、周囲のクラスメイトはどう見ても俺たちの会話に耳をすましているとは思えない。結局は俺の取り越し苦労でしかないのだけれど。
さらに、普段なら考えもしなかったけれど、俺たちのトークの内訳は、ほとんどが泉堂発信のものだった。あの先生、黒板の字が右肩上がりだよね、とか、今日は午後から雨が降るらしい、とか、Aクラスの摂津さんと吉見君が付き合ったらしいよ、とか。すべて、ものの見事に雑談の枠に収まってしまうような内容で、そんなことわざわざ授業中に先生の様子をうかがいながら話すようなことか、と思ってしまう。これまでのことを思い返してみれば、中身はどれも今日のものと大差がないような気がする。
けれど、それでも俺は、泉堂とのこのささやかな時間を苦痛だと感じたり、無意味だと思ったことは本当にただの一度もなかった。それどころか、小さくなってこちらに話しかけてくるその仕草や、笑いをこらえるときに細い肩を震わせて口元を押さえて笑顔を浮かべているのを見るだけで、俺はどことなく満たされていたのだ。
だからこそ。
今朝の俺は、あんなにも全力で通学路を走り抜けたのかもしれない。
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